たましいをゆさぶる子どもの本の世界

 

「絵本フォーラム」第122号・2019.01.10
●●111

面白い。ふんわりと心を包むシンプル・ストーリー。

『ぞうくんのさんぽ』(福音館書店)

 

ぞうくんのさんぽ むかしむかし60万年も前のこと、大陸と陸つづきだった古代日本にナウマンゾウが生息したが、おおよそ2万年前に絶滅する。現生種のゾウが日本にやってくるのは室町時代の1408年。南蛮船で渡来した外国人から献上品として足利義持に贈られたアジアゾウだった。以降、渡来人たちが秀吉・家康・吉宗ら戦国期から江戸期に至る権力者たちへアジアゾウを贈る。

 献上されたのが気性の荒いアフリカゾウでなく、おだやかな性格のアジアゾウだったことで、日本人は、ゾウに対する親しみやすい印象を形成してきたように思う。

 

  大正期末、北原白秋は童謡詩「象の子」でつぎのように謡う。

わたしや象の子おつとりおつとりしてた。……

お鼻ふりふりゆうらりゆうらりしてた。……

坊や おまんまだよ。 誰か呼ぶけどうつとりうつとりしてた。……

(『象の子』北原白秋「絵入童謡第八集」アルス刊)

 どうだろう、白秋はゾウのイメージをのんびりゆったりとした情景で描き、ぼくらをふうわりとした気分に誘っているではないか。現代に至って1951年、まどみちおも童謡詩「ぞうさん」で、 <鼻が長いのはだいすきな母さんといっしょよ>と謡いあげ、すっかり子どもたちの愛唱歌にした。

 ぼくの居住する街の動物園「ぞうのくに」のゾウたちの実際もイメージどおりだ。入場客の間に分け入り数頭そろって園内を行進する。サッカーボールをゴールポストめがけて蹴りこむ。さらには、文字を大書し絵まで描くのだ。巨大なからだで人なれするゾウの愛らしさは格別である。時間をそうろりそうろりと運ぶゾウの動作に子どもばかりか大人たちだって存分に癒されるのである。

 そんな印象そのままのゾウが『ぞうくんのさんぽ』に登場する。まんまるといっていい体形のぞうくんがなにより親しく絵本のなかで行動する。

 天気良し。ぞうくんはごきげんで散歩に出かける。途中で出会ったさいくんに「いっしょにいこうよ」と誘うと背中に乗せてくれるならと応じるさいくん。つぎは、さいくんより少し小さいわにくんを、さらに小さいかめくんまで誘って乗せる気性のやさしいぞうくん…。

 シンプルなテキストでテンポよく運ぶ物語に大人のぼくだってぐいっと魅き込まれていくではないか。さてさて、力持ちのぞうくんもさすがに乗せるたびに加わる重さに耐えきれず、ふらついて転んでしまいドボーンと三人(?)そろって池の中に…。おはなしのフィナーレは水あそび。みんなごきげんな一日を過ごすという顛末である。愉快で面白く、ふんわりとこころを包むシンプル・ストーリーの傑作だろう。

 丸・三角・四角という定格どおりの造形を避けて、すべて丸味を持たせた曲線で描く絵画展開がすばらしい。コミカル・イラストレーションのおもむきなのだ。線描を際立たせる透明感ある彩色も快い。これこそ、絵が語りテキストが描く絵本だと言えないだろうか。

 動物生理学者・本川達夫の『ゾウの時間とネズミの時間』(中公新書)の動物のサイズのちがいと時間の流れる速さを語る論考を思い起こしながら『ぞうくんのさんぽ』を、読み・語り・聞く。大人たちと子どもたちの感じ方はどうちがうのだろうかと想いをはせる作品である。         
 (『ぞうくんのさんぽ』 なかのひろたか/さく・え なかのまさたか/レタリング、福音館書店)

 

 

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