こども歳時記

〜絵本フォーラム109号(2016年11.10)より〜

魔法の船を子どもたちに

 秋本番を迎えたかと思うと、街はあっという間にきらめくイルミネーションに彩られ、季節は足早にクリスマスへと向かっていきます。企業の戦略とは思いつつも、どこか大人も子どももウキウキワクワクと浮き足立つ季節ですね。

  ふと思い出すのは、『とぶ船(上・下)』(ヒルダ・ルイス/作、石井桃子/訳、岩波書店)に出てくる、マチルダ姫のことです。

  魔法の船を手に入れたピーターたち4人きょうだいが、時代をさかのぼり、様々な冒険を繰り広げる物語なのですが、その中に登場するのがマチルダ姫です。ピーターたちと共に、昔の時代から現代にやってきたマチルダ姫は、おいしいお菓子や便利な生活にひたり、楽しみます。冷たくておいしいアイスクリームに、蛇口をひねると出てくるお湯……。しかし、次第に安楽であまりにも苦労なく動いていく現代の世界に辛抱できないような気がしてくるのです。そして、《わたしは、わたしの時代のなかで、わたしらしく生きていかなければなりません。》という言葉を残して、昔の時代へと帰っていきます。

            * * *

 「毎日がクリスマスや誕生日だったらいいのに」、と小学生の娘が言うのです。私も子どもの頃、同じように思っていました。食卓にごちそうが並び、欲しい物は何でも手に入る、そんな夢のような世界を空想していました。

 でも、大人になった今、そんな安楽な世界は案外身近に広がっていることに気づくのです。外食に出かければ、各々が好きなものを注文し、買い物に行けばつい余計な物までかごに入れてしまう私……。好物も苦手な物も食卓に並び、欲しい物があってもなかなか買ってもらえない。そういう堅実な子どもの生活を守るのは、大人の役割だと痛感します。

  フワフワと浮き足立っていた私の足元が、ストンと地面に着地しました。
 家族そろっての団欒が何より。家族が健康で過ごせる事が何より。それをさしおいて、贅沢や買い物に興じていてはいけませんね。日々の何気ない生活があるからこそ、こういったイベントがより楽しみになるという事に、娘もいつか気づいてくれると嬉しいです。

            * * *

 また、この本のあとがきに、訳者の石井桃子さんは、《こういうお話に夢中になれる子供時代、それは、一つの魔法の船を持つこととおなじです。》と述べています。

 もはや船から降りてしまった私たちは、子どもたちのように夢みる事も、いつまでも船にしがみつく事もできません。出来るのは、魔法の船で遊ぶ子どもたちを温かく見守り、そんな世の中を守っていく事ではないかなと思います。

 サンタさんを心待ちにする娘を見ながら、子どもが子どもらしく生きていく事の大切さを改めて感じます。
(くりもと・ゆうか)


栗本 優香(絵本講師)くりもと・ゆうか

とぶ船

「とぶ船」(上・下)
(岩波書店)

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