絵本のちから 過本の可能性

「絵本フォーラム」108号

2016.09.10

『絵本講師・養成講座』を受講して


読み聞かせの体験、そして人との出会い

平松 祐美子(東京12期)

ひらまつ ゆみこ  私は普段、助産師という仕事をしています。病院やクリニックでの経験を経て、現在は自分が出産した助産院で、妊産褥婦さんとそのお子さんに関わっています。  

 絵本や児童文学が好きで、本に携わる仕事につきたいと考えていたこともあったのに、紆余曲折を経て助産師になったということが、どんな意味をもつのかわからないまま漫然と、ただ精一杯働いていた時期もありました。そんな中、自分自身の出産後、世の母たちが閉塞的な悩みを抱えていることを目の当たりにしました。身近に育児の協力者がいない、子育てのモデルケースに触れ合う機会が少ない、それなのに情報過多で何かを取捨選択することが難しい。そんな母たちに助産師として何ができるだろう、と考えていた矢先、「絵本講師・養成講座」の存在を知り、迷わず申し込みをしていました。大好きな本の世界とは少し違う道を歩んでいると思っていたのに、こんなところでこんな風につながりを持てたことは、大げさに言えば、人生の歩みの中でささやかながら嬉しい一歩だったと感じています。

 そして、実際に受けてみた養成講座は、一言でいえば、自分にとって「読み聞かせの体験と大切な出会い」でした。毎回、第一線で活躍される著名な先生方の、人生経験を土台にした重みのあるご講演の中で味わう感動や、お話そのものが自分の血肉になっていく感触は、まさに「読み聞かせの体験」であったように思います。直接人の口を通して出た言葉は、ただ黙読するだけでは届き得ない自分の中の深いところまで沁み入っていくことを体験しました。言葉が人の声に乗って届けられるということは、その内にある読み手の心を伝えることなのだと気づかされました。

  講師の先生から実際に絵本を読んでいただいたことは、素晴らしい体験でした。特に擬音語、擬態語の多い絵本は、自分で黙読するのと人に読んでもらうのでは、その絵本のおもしろみや印象が全く違います。日本語のもつリズムの心地よさに改めて身を置き、耳に残る印象深い味わいには深く感動しました。人の声のもつ温かさや響き、直接届く音としての声。絵本の読み聞かせは、視覚だけではなく、別の感覚も働かせることができる、身体をいっぱいに使った体験であることを、身をもって知ったのです。

 そして、子どもにとって母による絵本の読み聞かせは、こういった体験を母の声によって積み重ねられるということなのですね。母の心、つまりこれ以上ない愛情が深く伝わることは、どんなに心を育み人生の支えとなる大きな礎となることでしょうか。そういった体験を、たくさんの子どもたちが、お母さんの愛情とともに味わうことができますように。そんな子どもたちがもっともっと増えたらどんなに素晴らしいだろう、とこんな世ながらにひとつの希望に思えたのでした。

 また、毎回真摯に語りかけてくださる諸先生方との出会いは言うまでもなく、同じグループになった方々との出会いは、この養成講座の醍醐味のひとつではないかと思います。独学では決して得られないのが「ご縁」というものです。本来なら出会うはずもなかった人たち、各地に住み、違うことをして暮らす人たちが、「絵本」という大好きなものを介しただけで繋がったこのご縁は、本当にありがたく貴重なものでした。それぞれが全く異なる場面で絵本とどのように付き合っているか、毎回の話し合いは興味深く、いつも話し足りないくらいでした。この場をお借りして感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

  養成講座が終わった今、絵本講師という認定はいただいたものの、実は課題が山積みです。藤井先生のお言葉通り、「自分の無知を知り、学べば学ぶ程、疑問がうずまいていく」という状況が実感されるばかりだからです。十分学んだと言えるのを待っていたらいつまで経っても何も活動できません。未熟ながらも、まずは身近なお母さんとお子さんと、ともに学びながらのお話会をしていきたいと思っています。そして何より、私自身が我が子との絵本の時間を楽しんで、絵本の魅力をもっともっと味わっていきたいと思います。
(ひらまつ・ゆみこ)


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