こども歳時記

〜絵本フォーラム104号(2016年01.10)より〜

「光ある方へ」

 年中行事のなかで、一番好きなお正月。お正月には、厳かな静けさとハレの日のにぎやかさがある。年末の慌ただしさなど嘘のように、あらたまり清められた家の中で、暮れに家族総出でこしらえたおせち料理を味わい、大人も子どもも一緒になって百人一首かるたやトランプで遊ぶ。門を出れば、まさに「正月キブンガドコニモミエ」て、昨日とたった一日しか違わないのに、新年の空気は清々しい。風が冷たくとも、木の花のつぼみがまだ固くとも、新春なのである。この世にお正月があることが嬉しく、年があらたまることを大切にしてきた文化を誇らしく思う。  

 お正月は、この「あらたまる」という感覚を子どもたちに伝える絶好の機会だと思う。人は節目節目で気分をあらため、新しい日々を始めることができる。お正月の清々しさは、うまくいかないことを嘆き続けるのでもなく、また諦めたり投げ出したりするのでもなく抱えて生きて行く私たちが、よりよい方へと歩き出す力を強めてくれるように思われる。

 生きることの価値を子どもたちに信じさせてくれるのが児童文学の真髄であるが、絵本『ちいさなワオキツネザルのおはなし』(オフィーリア・レッドパス/作・絵、松波佐知子/訳、徳間書店)も、よりよい場所を求める子どもの心の物語である。

 一匹のワオキツネザルの子どもが、故郷マダガスカルで捕らえられ、船で遠い北国の港に連れてこられたところから物語は始まる。本当に小さな子どものキツネザルなのだが、おりの中でも絶望せず、そこから出ることを一生懸命考える。そして、逃げ出すことに成功した彼は、あたたかい場所、お腹を満たし安心して眠れる場所を探し当てる。家族とともに暮らしたなつかしい南の島には戻れないけれど、新たに自分を受け入れてくれる家と、互いに必要とし合う友を得るのである。

 新しい家族によって「アールグレイ」と名付けられたこのワオキツネザルには、凍えそうな冷たいおりのなかでも、よりよい場所が必ずどこかにあると信じる気持ちがあり、自分の人生を求めていく勇気があった。「アールグレイ」を奮い立たせたのは、南の島で過ごした幸せな生活の記憶ではないか。過ごしてきた日々が未来につながっていくことに心打たれる。

 子どもたちの人生観は日々体験することへの、まわりの大人の反応や言葉がけによって決まっていくのではないかと思う。言霊の力をもっとも強く感じることができるお正月だからこそ、大人の私たちが「あらたまる」姿勢を言葉にして子どもたちに伝えたい。全ての子どもたちが、光ある方へ、よりよい方へと歩いていけるよう新年に願う。
(なかむら・ふみ)


中村 史(絵本講師)中村 史

ちいさなワオキツネザルのおはなし

「ちいさなワオキツネザルのおはなし」
オフィーリア・レッドパス/作・絵、松波佐知子/訳
(徳間書店)

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