えほん育児日記
〜絵本フォーラム第103号(2015年11.10)より〜

父の教え 「先案じ、せんでいいんやで」。

 

星野 めぐみ(絵本講師)

 

絵本講師の発言席 星野 めぐみ 「先案じ、せんでいいんやで」。父がずっと言い続けてくれた言葉です。父は、娘が嫁ぎ先の生活で、子育てに焦ったり悩んだりしないだろうかと案じていたのでしょう。「急がず慌てず自分が育ててもらったようにすればいい。大切なものはいつの時代もずっと同じ」という言葉に守られて、私は焦らず子育てができました。

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  そんな私も来年は還暦を迎える年齢。ひとつ屋根の下には、娘や孫たちもいます。世代は変わり、今は私が父の言葉で娘母子を支えるおばあちゃんに。そんな我が家に今年の1月、10か月間の預かりで、盲導犬候補生の子犬(パピー)がやって来ました。「しつけや訓練は大変でしょう」と言われますが、訓練めいたことは一切していません。共に暮らすための最低限のしつけ(トイレ等)はしますが、それらすべては声掛けによるものです。できた事を精一杯ほめてあげる。スキンシップでたくさん遊んであげる。これらは我が家の孫たちが家族からしてもらっている事と同じです。孫たちは成長と共に、かけた言葉にすぐ言葉で反応してくれますが、犬には言葉はありません。どうして成長を測るのでしょうか? それはボディーアクションであり、表情そのものなのです。ほめてあげれば、大きくシッポをふってすり寄ってきます。こちらの指示がわかっていれば、きれいにお座りし、一途な眼差しをむけてくれます。これら全てがコミュニケーションなのです。

 訓練士さんは「訓練は1歳になってからでも十分。賢い子だから指示がわかるのには数日もかかりません。それよりもこの時期に判断力や集中力を身につけるための様々な社会経験と健やかな愛情を与えてあげてください」、と言われます。なんと! かねてから早期教育には疑問をもっていた私には、<ここにも同じ答えがある>と思えたのです。子犬は孫たちと組みつほぐれつ遊びまわって、同じように声掛けしてもらい、時間のある限り戸外に出て歩き回りました。最初は意気地なしの怖がりっ子だった子犬は10か月に育ち、人間の年齢でいうと10歳を越えた年になりました。たいしたしつけをした訳ではないのに、今では意気揚々と楽しげにひたすら歩き続ける事が出来ます。突然の周りの環境の変化にも順応できる落ち着きと、しなやかさを持って。人の10年の成長を子犬の1年足らずで、まざまざと見せてもらった私たちは、幼子の急がない教育の中にも、同じような成長を見る事ができるはず! と心躍らせました。

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 私の座右の本である『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン/著、上遠恵子/訳、佑学社)に、述べられています。

《妖精の力にたよらないで、生まれつきそなわっている子どもの「センス・オブ・ワンダー」をいつも新鮮にたもちつづけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。(中略)わたしは、子どもにとっても、どの ようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。》 

 父が旅立って10年近くなろうとしています。空を見上げれば、父の言葉「先案じ、せんでいいんやで」が、レイチェルの言葉と重なりながら、私が迷子にならない様に届いてきます。 「この思いつないでいくね。ありがとう」。(ほしの めぐみ)

 

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