絵本のちから 過本の可能性
特別編

「絵本フォーラム」44号・2006.01.10
キイワードはコミュニケーション
池田 陽一(童心社出版部編集長)

始まりは紙芝居


 弊社は一九五六年、紙芝居の出版社として創業され、本年五十周年を迎えます。以来、紙芝居のタイトル数は一九〇〇にも及びます。近年、紙芝居はアジアはもとよりヨーロッパでも注目されていますが、それは紙芝居がわが国独自の個有な文化財であることと同時に、コミュニケーション文化としてすぐれた特性をもつ出版物であることが評価されているからでしょう。
 「DVD絵本」についての考えを述べるのに、なぜ紙芝居のことから始めるのかといえば、子どもの出版文化の中でハイテクの最たるものがDVD絵本、その対極にあるローテクの最たるものが紙芝居だといえるからです。このローテクの一見古めかしい紙芝居という形式こそが、現代の子どもの文化に求められているものを最もわかりやすく具現化していると思うのです。つまり、人間同士を共感の喜びに導くコミュニケーション文化の一つとして、この紙芝居が見直されているのです。
 さて、赤ちゃん絵本の代表作『いないいないばあ』(松谷みよ子・瀬川康男)は、一九六七年に弊社で刊行されて以来、三八年にわたり通算三七〇万部の超ロングセラーとして、世代を越え父母から子へ、祖父母から孫へと読みつがれてきました。お父さんやお母さんが赤ちゃんを膝にかかえて肉声で絵本を読んで聞かせることの大切さはいうまでもありませんが、本書はその親子の、あるいは読み手と聞き手のコミュニケーションのためのファーストブックの代表として、長年読者に支持されてきたのです。
 このように紙芝居と赤ちゃん絵本に共通したキイワードは、「コミュニケーション」ということになるでしょう。このコミュニケーションとしての出版文化が、いま大きく質的な変化をとげようとしているように思えます。
 『電子書籍ビジネス調査報告書2004』によれば、03年のダウンロード型電子書籍の市場は18億円と推測されていて、出版市場2兆2278億円の0・1パーセントにも達しないとのことです。(「出版年鑑」04年版)
 こうした実態をどう考えればいいのでしょうか? この未来の出版文化ツールの何が問題なのでしょうか?

進化する絵本


 「ハイパー絵本」といわれるものに初めて接したのは、03年の春ごろだったでしょうか。お話は、弊社のいくつかの絵本を「電子書籍に編集・要約・加工・改善し、配信する」。つまり「電子書籍として頒布」したいということでした。しかし、この話があった時、非常に大きな違和感、疑問を持ったのでした。なぜ定評ある、定番ともいうべき絵本を、わざわざ「ハイパー絵本」にしなければならないのか、違うメディア化・電子化するということの意味が理解しがたいものだったのです。言い方は悪いのですが、売れている作品を利用しようという考えなのだな、と直感的に思いました。お話を聞き、デモ版を見ると、パソコンに「ハイパー絵本」が配信され、それを手元のマウスでクリックする、キイを押すことでストーリーが展開していきます。あるいは、自動的に音が流れページがめくられていきます。しかも、ダウンロードすることで家庭で印刷物として見ることも可能になります。(この時点ではダウンロードできないようにロックされるということでした)これは出版という行為にも抵触する恐れがあるのではと感じ、版元としてはそのような企画には賛成しかねると返答したわけです。しかし、出版物の二次的使用について著作権は著作権者(作者)のものですから、作者の判断により「ハイパー絵本」になったものもあります。
 その後、この企画がどのようになったのか、私の知る限りでは多くの読者に浸透しているとはいい難いように思います。それは、新しいメディアとして大きな可能性を持ちながら、まだそのメディアとしての独自性や特性を生かしたオリジナルなものが作られていないからではないでしょうか?

自動読み聞かせ!? 


 さて最近多くなってきているのは、いわゆる「DVD絵本」です。パソコンにDVDソフトを入れ、お話の進行に合わせてマウスをクリックしキイを押すと、動画になったり、ナレーション、音楽が入ったりします。まさに、いたれりつくせりの機能が盛りこまれた新時代のツールです。しかし、待って下さい。いくらすぐれた機能がついていようと、それをどう使いこなすのかは人間であり、その人間の思想なのです。
 たとえばこのDVD絵本の一つを紹介した新聞記事の見出しを見ると、〈親に代わって自動「読み聞かせ」〉とあります。〈大手児童書出版社と大手商社が手を組み、「動く絵本」シリーズを子ども用品店などで販売する〉というこの記事は、このメディアの特徴を鋭く指摘しているように思われます。「親に代わって」「自動読み聞かせ」「動く絵本」「子ども用品店」などは、本来絵本や紙芝居が読み手と聞き手が「読み・語る・聞く」という行為を通して相互に交流し合う、心の交流=共感するコミュニケーションの出版文化であるのに対し、それとは異なるメディアだということを示しているように思えます。DVD絵本は、親に代わって自動的に読み聞かせをする子ども用品なのです。―しつこいようですが、これは「DVD絵本」が、ゆったりとした時間の流れの中で、親と子が豊かな心の交流をするコミュニケーション文化である絵本とは、対局にあることを示しています。

人間同士のふれ合い


 「子どもたちは紙芝居を読んでもらうのが楽しい様子で表情が生き生きしています。こちらも子どもたちの反応を楽しみながら、問いかけを挟み込んでいくと、にぎやかに答が返ってきて圧倒されそうでした」(新聞投書)とか、「8ヶ月の娘ですが、絵本を読むと手をばたばたさせて喜びます。読んでいる私自身も主人公になりきって読んでしまいます」(読者からのおたより)など、紙芝居や絵本は人間同士の心のふれ合いを作りだしてくれるものなのです。赤ちゃんの時から、本物の絵本に出会うことで豊かな人生を歩んでいけたら、これにまさる喜びはありません。
 どうぞ、たくさんのすぐれた絵本や紙芝居に出会い、本物を選び出し、赤ちゃんに直接読み語りをすることで、豊かな時間を持てますように。弊社は、コミュニケーションとしての出版物であるすぐれた紙芝居や絵本を、これからも作りつづけることをお約束したいと思います。

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