絵本のちから 過本の可能性
現場からの報告

「絵本フォーラム」42号・2005.09.10
絵本道楽の功罪
向井 元子(かしの木文庫世話人)
向井元子(むかい・もとこ)
昭和9(1934)年、中国東北部、大連市生まれ。大阪大学文学部卒。昭和48年より千葉県船橋市で、地域と子どものための図書室「かしの木文庫」の世話人をつとめるかたわら、雑誌や新聞に子どもの本についてのコラムを連載

絵本の魅力にとりつかれて

 人間には蒐集という道楽があって、そこがほかの生き物と違っていることの一つに数えられています。ことに男性にその傾向が強いといわれていますが、なるほど確かに小さな坊やからオジサンまで、切手やカードやおまけのおもちゃ、少し前までは昆虫を集めている人などが身近なところにもよくいましたね。女性の中にもブランドもののバッグやらガラス器やら宝石などのコレクションを誇っている人もいますが、まだまだ少数派。それにお金もかかって大変そう。

 とか何とかつぶやいたりしながら、自分自身はコレクションなるものとは全く無縁に生きている、と思い込んでいた私が、実は一種のコレクターであったことに気づいたのは、ほんの数年前のことでした。周りを見回せばハンパじゃない数の絵本に囲まれていて、それだけではなく、あるテーマや作者別に分類することができそうな際立った傾向がそこにあることを発見したからです。ちょうどトランプ遊びでたまたま手元に集まったカードの組み合わせに目を奪われたときのように。

 例えば猫の絵本ばかりがフルハウスのように集まっている棚があるかと思うと、こっちの棚にはグリム童話の絵本がストレート風に並んでいて、そのそばにはナンセンスものの絵本が何となくまとまって置かれたコーナーもあるといった具合。また、お気に入りの画家やデザイナーたち――レオニやル・カイン、ウィルコン、アンとポール・ランド夫妻などの手がけた絵本が、あちらこちらから私を呼んでいるような気配もありました。

 でも、これは絵本をいっぱい持っているのを自慢しているのではありませんよ。30代の半ばごろ、ふとしたことから絵本の魅力にとりつかれて以来、うれしいことがあれば絵本を買い、悲しいといっては買い、めでたいときにはもちろん買い、といったことが積もり積もってこうなってしまっただけの話です。たまたま夫が書評の仕事をしていたのも幸いしました。何しろ本を買うことに関してはいたって寛容な家だったから、女房が絵本を買ったぐらいで文句など言われたことはなかったのです。ときたま、2人して「なんでうちにはお金が貯まらんのかねぇ」と首をかしげていたこともあったけれど、思えばマヌケの夫婦だったのですね。

 そういうわけで、先年夫が他界した折、早速古本屋さんに来てもらって本を処分することになりました。2人で買った本の重みで家の床が抜け落ちそうになっていたこともあって、そうするしかなかったのです。このとき、古本屋のご主人は「物をお書きになる方のご遺産は本だけでございますよ」と当たり前のことのように言い、山のような本を買い取ってくださったのですが、それは全部夫の本ばかりです。私の本棚はしっかり閉めて、「こちらのはまだ未練がありますので」などと罰アタリなことを言っていますと、棚に居並ぶ猫たちの本をしげしげと眺めていたご主人は、やおら向き直ってこう言われたのです。「ですが奥様、もしこれをご処分なさりたいときはぜひ私にお申しつけください」

 神田でも指折りの本の目利きとして通っているその人物が、私のコレクションを見て「買おう」と言ったのですよ! もしかして、コレクションとしての価値を認めてくださったのかもしれないぞ。私は勝手にそう解釈して、舞い上がっていました。これは自慢話です。


絵本が結んでくれた人の輪

 さて、コレクションの話はこれくらいにしまして、こんな絵本道楽が子どもたちとどのようなかかわり合いを持つことになったのかというお話をいたしましょう。

 自分の楽しみをひたすら追い求めて絵本に入れ込んでいたつもりでしたのに、実は同時進行でさまざまなことが起きていたのです。一つは、船橋市に転居してきたのを機に地域のお母さんたちと子ども文庫を開き、その世話人となったことです。本の購入や貸し出し、後にお話のおばさんを経験するようにもなりましたが、どの仕事に当たってもそれまでの絵本とのおつき合いは大変役に立ちました。そもそも文庫を始めたこと自体が絵本道楽の延長だったと言えるかもしれません。もっと絵本を見たい、もっと絵本を知りたい、それが私の文庫活動の動力源でもあったわけですが、それ以上に、子どもたちと一緒に本を楽しむことがより多くのエネルギーのもととなることがわかってきました。1人で感じていたよりもずっと豊かな絵本の力を目の前で確かめることができたからです。子どもたちの本の楽しみ方や受け止め方ときたら、実にユニークでびっくりさせられてばかりいました。

 こうして実際に見たり聞いたりしたエピソードの一つ一つは、後に新聞や雑誌で絵本を紹介するコラムを書くようになったときに、とても役に立ってくれました。延べ8年間で200篇ほどになったコラムはその後2冊の本にまとめられ、さらに文庫版にも入れていただけたのですから、まさに道楽が実益につながっためでたい例だと言えましょう。

 締めくくりとして、そのエピソードを一つか二つ紹介します。まず、レオニの『フレデリック』とモモ子ちゃんの話。いつもおとなしくて、何かを考えているように見えたモモ子ちゃんは、「フレデリックってあんたにそっくりね」というお母さんの一言でこの詩人ネズミの大ファンとなり、レオニの本なら全部大好きになってしまったのだそうですよ。

 もう一つ。騒がしくて落ち着きのなかったやんちゃ坊主どもが、エッツの『わたしとあそんで』の読み聞かせが始まると、だんだん静かになっていき、やがて主人公の「わたし」とそっくりにじっと息を詰めて、絵本の中の世界に入り込んでいた、という話も。この絵本は地味な本に見えるのに、すばらしい力を持っているのですね。

 私のいちばん近くにいた息子たちや猫のクロちゃんにも、コラムや本の中に何度も登場してもらいました。

   『すてきな絵本 たのしい童話』
   『大人にも子供にもおもしろい本――虹の町の案内板』(いずれも中公文庫)


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