一日半歩

大人は「教師の力」を伝えているか?

 「百人の優秀な教師も、良き親一人にかなわない」−。なるほど、我が子を誰よりも慈しみ、かつ養い育て守っているのは親である。我が子から誰よりも信頼されているのも親だろう。教師は、その足元にも及ばない。言い換えれば、子供の人生にとって親が『百や千』なら、教師は『十』が精々なのかも知れない。
 しかし、教師のその『十』というのは、親兄弟にも友人にも成し得ない『十』であり、時には子供にとって絶対に必要な『十』であり、しばしば人生を決定づける『十』であることを、我々大人は(何よりも教師自身が)知らなければならない。そういう意味では、その『十』については、「百人の良き親も、優秀な教師一人にかなわない」のである。
 私が今日あるのは、もちろん父母のお陰であることは間違いない。しかし、「あの先生がいなかったら、今の私はありえない」という恩師が多数いることも間違いない。尊敬と感謝に値する多くの恩師に出会えたことは、私にとって“人生の財産”となっている。

 絵本『ありがとう、フォルカ−せんせい』(パトリシア・ポラッコ/作・絵、香咲弥須子/訳、岩崎書店)は、そういう“人生の財産”を描いた代表作だと思う。
 フォルカ−先生は、(今でいうLD(学習障害)児であった)トリシャの腕をしっかりつかんで、こう言うのである。「いっしょにかえてみよう。きみはかならずよめるようになる。やくそくするよ」 そして、様々な工夫を凝らした何カ月にもわたる特訓の末、ついに「トリシャはゆっくり文をよんだ」のである。
 学校教育で大切なことは色々あるだろうが、最も大切なことは『教師の力』だと思う。それは、教師自身の「教育への真摯な情熱と卓越した能力」、そして「子どもたちへの深い愛情」に他ならない。言い換えれば、信念と責任を持ってきちんと誠実に指導できる教師であり、子どもに寄り添いながら、子どもの「心と身体と学力」の成長を我がことのように喜ぶ教師の姿そのものである。
 教師は『教師の力』を自覚し磨き、かつ発揮しなければならない。親と地域と行政は、教師が力を発揮できるよう、ひたすら応援し助けなければならない。子どもが学校に通うとは、そういうことだと私は思う。

 尊敬と感謝に値する恩師は“人生の財産”である。それを私は、次代を担う子どもたちに伝えたい。そして、何よりもそう実感させてやりたい。
 トリシャも、そう実感した一人だろう。フォルカ−先生のおかげで「うれしくてうれしくてたまらないときも、なみだってながれるんだ」ということを生まれて初めて知ったトリシャは、その後、アメリカを代表する作家パトリシア・ポラッコになった。

「絵本フォーラム」37号・2004.11.10

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