一日半歩

大人は「いとおしむ心」を伝えているか?

  赤ん坊を抱いた経験すらないまま、父親・母親になる若者が増えているという。でもそれは、自動車の運転を知らない者がいきなり高速道路で運転するようなものかも知れない。
 そんな心配をしていたら、産科医院で新生児の世話をする体験授業を行う高校が増えてきたことを耳にした。高校生らの「かわいい〜」の連発から始まるそうだが、首のすわらない赤ん坊を抱くのは実は簡単ではないこと、簡単そうに見えた沐浴が意外に難しいことなどを体験させる授業だという。もちろん、それはそれで意義のあることだと思う。
 しかし私は、大人直前の高校生よりも、むしろ小中学生にこそ新生児や乳幼児と関わる体験をたくさんたくさんして欲しいと思う。そして、小さき者・弱き者・けなげな者を“いとおしむ心”を育んでいって欲しいと切に思う。

 絵本『いもうとのにゅういん』(筒井頼子/作、林明子/絵、福音館書店)は、まさにその“いとおしむ心”を描いた名作である。妹が手術を受けると聞いた姉は、雷雨の夜に一人残され、恐くなって自室のベッドにもぐりこむ。それでも“ほっぺこちゃん(人形)”を抱きしめながら、妹の無事を必死に祈るのである。そして、手術に耐え抜いた妹を見舞いに行くと聞いた姉は、何をあげれば妹が一番喜ぶかを懸命に考える。それは結局、祈りをこめた折り紙と手紙、そして自分が最も大事にしていた“ほっぺこちゃん”だった。
 “いとおしむ心”は、小さき者・弱き者・けなげな者に触れた時、自然と湧き出てくる人間の本能だと思う。そういう本能体験を子ども時代に数多く蓄積していくことが、今の世の中、何よりも大切なのではないだろうか。
 だからこそ子どもたちに、親戚や近所の乳幼児らと一緒に遊ぶ機会をたくさん作ってあげて欲しい。友人や親戚に出産の機会があれば、彼らを一緒に連れて行ってあげて欲しい。

 寒河江市には、縦割り教育の一環として、登校・清掃・給食準備などに加えて、上級生による低学年児童への絵本読み語りや、6年生と1年生合同のマンツーマン水泳授業などを実施している小学校がある。さらに、幼稚園や保育所に出かけて乳幼児の世話をするという「総合学習」や「家庭科授業」を実施している小中学校もある。ぐずったり騒いだりなつかない乳幼児もいる中、歌やお遊戯、鬼ごっこに興じ、膝の上で絵本を読んであげたり、添い寝をしたりしながら、生徒達は(自分のためにでなく)他人のために物事を考え行動することを自然と学んでいくのである。彼らなりに乳幼児を守り、どうすれば楽しく時を過ごせるか―、それは“ほっぺこちゃん”を差し出す姉の思いに他ならない。
 市内小学校の絵本読み語りの場で「この絵本(いもうとのにゅういん)を知っている人?」と私が尋ねると、クラス全員が嬉しそうに手を挙げる。それは、幼稚園や保育所で必ず読んでもらった絵本であり、彼らにとっても(本能的に)大好きな絵本だからである。

「絵本フォーラム」36号・2004.09.10

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