馬方とやまんば

 僕がひとつ語りますから聞いてください。

小澤俊夫氏講演録3  むかしある村にひとりの馬方がいた。あるひのこと浜へ行って、魚をたくさん仕入れて、馬の背にふりわけに積んで、峠の道を帰ってきた。日が暮れて、あたりが暗くなると、松の木の陰からやまんばがとび出してきて、「こらまてー、その馬の片荷置いてけ、置かなきゃおまえをとって食うぞ」っていうんだね。馬方は、馬の片荷をひとつうしろへぶん投げて、馬を引いて、また峠の道を行くんだね。
 したらばやまんば、その馬の片荷の魚をばりばり食っちまうと、すぐまた追いかけてきて、「こらまてー、その馬の片荷もうひとつおいてけー、おかなきゃお前をとって食うぞ」っていうもんで、馬方、残りの片荷もうしろへぶん投げて裸馬になって、わらわら峠の道を逃げてね。
 したらばやまんば、その片荷の魚をばりばり食っちまうと、すぐまた追いかけてきて、「こらまてー、その馬の脚一本置いてけ、置かなきゃおまえをとって食うぞ」っていうもんでね、馬方馬の脚を一本ぶった切って、それっと後ろへ投げて、三本脚の馬に乗って、がったがったがったと峠の道を逃げてく。

 したらばやまんば、その馬の脚もまたばりばり食っちまうと、すぐまた追いかけてきて、「こらまてー、その馬の脚もう一本置いてけー」っていうんだね。馬方、馬の脚もう一本ぶった切って、それっと後ろへ投げて、二本脚の馬に乗って、がったがったがったと峠の道を逃げていく。
 したらばやまんば、その馬の脚もばりばり食っちまって、すぐまた追いかけてきて、「こらまてー、その馬の脚もう一本置いてけー、置かなきゃお前をとって食うぞ」っていうもんで、馬方、これはもうとても逃げおおせるもんじゃねえぞって、馬をまるごとそこにおいて、薮をこいでわらわら山のなかに逃げた。
 したらば、池があって、その池のほとりに高い木があったもんで、木によじ登って、上でじーっと隠れていた。やまんば、馬にまたがると、馬をばりばり食っちまって、すぐにまた追いかけて来た。池のほとりまで来ると、池の水のなかに馬方の姿が見えたもんだから、「おめぇそんなとこに隠れてたか。隠れたってだめだぞー」って、池にどぼんととび込んだ。それを見て、馬方は、木の上から降りてきて、薮をこいで、また山のなかへわらわら逃げていった。
 したらば、うまいことに小屋が一軒あったもんで、これはいい隠れ家だと思って、なかへとび込んで、梁にあがって、じーっとしていた。
 しばらくすると、なんと、さっきのやまんばがずぶぬれになって入ってきた。
「おー寒い寒い、今日は魚いっぱい食った。馬まるごと食って腹くちくなった(腹いっぱいなった)小澤俊夫氏講演録4。どうれ、甘酒でもわかして飲むか」っていって、囲炉裏に大きな鍋で、甘酒をわかしだした。で、自分はくるっと背中を向けて、背あぶりをはじめた。甘酒がちょうどわいてきたころ、やまんばは、くらーんくらーんとねむりかけ始めた。それを見て、梁の上の馬方、屋根のかやを一本抜いて、つっぱつっぱと甘酒を吸っちゃった。
 したらば、やまんば目を覚まして、「おれの甘酒を飲んだやつはだれだー」っつて叫んだ。梁の上の馬方、ちっちゃい声で、「火の神、火の神」っつたらば、「火の神さまが飲んだんじゃあ、しょうがねぇ、どれ餅でも焼いて食うか」っつて、餅を三つ持ってきて火にのっけて、また自分はくるっと背中を向けて、背あぶりを始めた。餅が焼けて、ぷーっとふくらんできたころ、やまんばは、また、くらーんくらーんていねむりを始めた。それを見て、梁の上の馬方、さっきのかやで、餅をつくんと刺しては食べ、つくんと刺しては食べ、三つとも食べちゃった。
 したらば、やまんば、目を覚まして、「おれの焼餅、食ったやつはだれだー」と叫んでる。梁の上の馬方は、ちっちゃい声で「火の神、火の神」っつったんだ。「火の神さまが食ったんじゃあ、しょうがねぇ。どれ、寝ることにするか。木のからとに入って寝るか、石のからとに入って寝るか」と独り言をいった。梁の上の馬方、ちっちゃい声で「木のからと、木のからと」っつったらば、「火の神さまがおっしゃるんじゃあ、木のからとにするか」といって、木のからとに入った。それを見て、馬方、梁から降りてきて、湯をわかして、もみぎりを持ってきて、その木のからとにキリキリキリキリ穴をあけだした。
 やまんば、「あすは天気だか。きりきり虫が鳴いてらぁ」なんつうけど、かまわずキリキリキリキリ穴をあける、穴があくと、熱湯を持ってきて、その穴から熱湯を注ぎ込んだ。
 やまんば、はじめは「このねずみ野郎、しょんべんなんかひっかけやがって」なんつって、かまわず、熱湯を注ぎこんでったら、しまいに、やまんば、「あっつい、あっつい、助けてくれ、助けてくれ」って叫んだけれども、馬方、「おれの魚と大事な馬を食ったかたきだ」っていって、熱湯をどうどうと注ぎ込んだんで、やまんば、とうとう死んでしまったと。
 「こんで、えんつこもんつこ、さけた」っていって、宮城県では終わりますね。

おとぎの世界を
宣言する結末句

 「こんで、えんつこもんつこ、さけた」ってのはですね、「結末句」って僕ら言ってますけど、「これで、お話は終わりだよ」という挨拶です。っていうのはですね、昔話って、おとぎ話でしょ。おとぎ話っていうとかっこいいけどさ、ぶっちゃけていえば、これ「うそ」じゃないですか。だから、語り終わってからね、語り手が責任追及されても困るわけだよ。
 馬がなんで三本脚で走ったんだって、返事のしようがないよね。
 だから、「ここまでは、おとぎ話ですよ、私の責任じゃありません」と、ガードをはるわけです。それで結末の挨拶、昔話にはつきます。伝説にはつきません。伝説はおとぎ話じゃないからですね。で、これは地域的に非常に狭くなってるんです。岩手県に行ったら、「どんとはれ」、なんてったりね、秋田県に行ったら「どっぺんぱらりのぷう」、新潟県では、「これでいちごさけた」、いろいろあります。あの、世界中の昔話はうそっぱなしですから、優れた語りではですね、その、最後に結末句をつけるんですね。

 ですから、ヨーロッパにもたくさんあります。ヨーロッパの一番有名なのはね、たとえば、「王子と王女はめでたく結婚しました」。なんていうでしょ、「死んでいなければまだ生きているでしょう」って……あたりめえだって、笑わしてぱっと終わるのね、結末句にして終わる。ところで「馬方とやまんば」の話を聞いていただいて、どうですか、最初の場面。
 馬方がひとりで現れたでしょ。なんとなく皆さん馬方の姿を想像したんじゃないか、そうでしょ。やまんばが出てきたよね、それもなんとなく想像したんじゃない?
 お話って言葉でしょ。言葉で耳に入ってくるよね。それを頭んなかで絵に描くわけだよ、想像するってことは。
 言葉で聞いたことを、頭のなかで絵に描くこと。その変換する力。言葉から絵に変換する力を養う事。これが、子どもにお話を聞かせることの、一番大事な、第一の意味なんです。

耳で聞きやすい昔話

 「馬方とやまんば」の冒頭のところをね、たとえば、いきなり馬方がさ、13人ぞろぞろ出てきました。と、そこへやまんばが15人来て取り囲みました。(笑)絵にならないじゃん。だいたいの絵になっちゃうよね。それじゃ、だめなんです。ひとりだからとおる、はっきりイメージできた。それが大事です。昔話の一番基本、昔話は人物や大道具、小道具を孤立的に語る、という基本的な文法があります。(孤立的とホワイトボードに書かれる)

 例はいくらでも挙げられます。たとえば、「浦島太郎」。浦島太郎は、亀の背中に乗って竜宮城へ行きました。っていうじゃない、あんときひとりで行ってるよ、そうでしょ。
 弟を連れてったっつうんじゃ話になるもんじゃない。それで行ったら、むこうで乙姫様もひとりでいるじゃないですか。そうでしょ。で、そこへ浦島太郎がひとりで来る、一対一になりますね。孤立と孤立で一対一、これも大事な文法。昔話の場面は、一対一で構成される。大事なことなんです。一番シンプルで、クリアーでしょ。例を挙げだすと、きりないんですけれどね、たとえば、ヘンゼルとグレーテル。グリム童話ってのは、ドイツの昔話をグリム兄弟が集めて、多少手を加えたのね。だから完全な昔話ではないんですけれども、まあ9割がた8割がた昔話でいいのね。ヘンゼルとグレーテルは、森のなかに捨てられました。
 そもそも孤立的じゃないですか。ふたりっきりです。それで森のなかを走っていったら、お菓子の家がありましたっていうね。あのお菓子の家、一軒だと思いませんか。
そうでしょ、お菓子の家の団地がありましたっていうのは(笑)、あんまり聞いたことないと思うんだよ。そこに住んでる魔女もひとりだと思うわけ。
 そうでしょ、そうすっとさ、山奥に一軒の孤立的な家があって、そこに老女がひとり住んでたっつったら、さっきの馬方のお話とおんなじじゃない。ね、これが文法です。これを「一対一の法則」という。家が一軒で、で、そこに女が、老女がね、ひとりで住んでる。そういう語り方、それが昔話の語り方だっていう、文法です。例を挙げだすときりがないんですけどいいたくなっちゃう。ラプンツェル。知ってる?、ラプンツェル、グリムね、塔があるでしょ、あの塔、女の子ひとりじゃないですか。塔が一軒。一軒て言わねえな、塔だから、一つだけあって、孤立してんだ。そこにひとりでいる。で、そこへ魔女が来るよね。あの魔女もひとりじゃないですか。だから一対一ですよ。そうでしょ、そのあと王子が来るでしょ。こっそり、あれも一対一じゃないですか。
そんなんで、同じ文法です。こういう文法があるから、昔話は耳で聞きやすいようになってんです。

(構成・池田加津子、協力・東條真由美)

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