たましいをゆさぶる子どもの本の世界

「絵本フォーラム」第43号・2005.11.10
32

多層な読者を掴むラブストーリーの秘密

『しろいうさぎとくろいうさぎ』

写真  今秋、甥と姪があいついで結婚した。めでたいことではあるが、親となるとなかなか複雑な心境のようだ。親の思いと結婚する子どもの思いとがうまく合わない。当然と言えば当然であるが、世代の違いは考え方の違いにもなるわけだ。
 結局、若い夫婦の誕生はすぐれて二人の決断がもたらす。余人の節介など入らぬ方が良いのだと思う。結婚を意識し決断する過程で“恋”とか“愛”とかの言葉が流れるが、言葉だけが上滑りするとろくでもないことになる。真摯な交流のなかで芽生える感情が若い二人の力でさらに育てられて決断への道筋を創っていくのである。

 世界中で五〇年近くも永く読み継がれている絵本『しろいうさぎとくろいうさぎ』は、"愛"の絵物語。恋や愛の何たるやを知る由もない子どもたちに読み語られ、かくも多くの読者を獲得する秘密はどこにあるのだろうか。
 作者ガース・ウィリアムズは、まず、二匹のうさぎの表情ややわらかい体毛、背景となる森や野の閑かで詩情豊かな景観を見事な筆さばきで描く。そして、これらイラストと共鳴呼応するように無駄を削いだ最小限のことばを操って物語を展開させる。少しストーリーを追ってみよう。

 森の中に住むしろいうさぎとくろいうさぎが主人公だ。
 毎日いっしょに遊ぶ二匹のうさぎに変化が起きる。ときおり、くろいうさぎがとても哀しそうな表情を見せるのである。

 「どうかしたの?」「うん、ぼく、ちょっと かんがえてたんだ」
 たびたび繰り返されるこの問答がラブストーリーの起点となる。
 「さっきから、なにを そんなに かんがえてるの?」
 「ぼく、ねがいごとを しているんだよ」
 「ねがいごとって?」
 「いつも いつも、いつまでも、きみといっしょに いられますようにってさ」
 目をまんまるくして、じっと考えたしろいうさぎはいう。
 「ねえ、そのこと、もっと いっしょうけんめい ねがってごらんなさいよ」
 くろいうさぎも、目をまんまるくして、一所懸命考える。
 「これからさき、いつも きみといっしょに いられますように!」
 「ほんとに そうおもう?」 「ほんとに そうおもう」
 「じゃ、わたし、これからさき、いつも あなたと いっしょにいるわ」
 「いつも いつも、いつまでも?」 「いつも いつも、いつまでも!」

 友情から恋へ、さらに愛からプロポーズへと転じる物語は二匹のうさぎの結婚でおはなしを閉じる。いささか気恥ずかしい文言も絵本だからか清涼とした雰囲気を醸している。

 どうだろうか。読者獲得の秘密を覗くことができただろうか。幼児や児童は二匹のうさぎの愛らしさや、森に遊ぶ楽しさ嬉しさに親しみを覚え、擬音やリフレインことばの心地良いリズムに身を寄せる。異性への関心を持ち始めた中学生や高校生はどう読むだろうか。
   成人女性にも根強い支持を得る『しろいうさぎとくろいうさぎ』の魅力が何処にあるかは語るまでもないだろう。真剣で純粋無垢なラブストーリーを絵本という形式で触れることのできるすばらしさを読者の多くは知っているようだ。そして、子どもとともに清々と読み語っても、それぞれの年齢層で感じとるイメージや心地良さが異なることもどうやら知っている。

 読み手の大人が気持ちよく声に出す絵本。その絵本に目を凝らす子どもの心地良さは必然と言ってよい。
前へ次へ