たましいをゆさぶる子どもの本の世界

「絵本フォーラム」第30号・2003.9.10
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すごいぞ、すごいぞ、おばあさん
(人生かくありたし)

『だってだってのおばあさん』

写真  “おばあさん”。おじいさんの語もいいけれど、この単語を耳にしたり口にしたりすると何かホッとしませんか。ずいぶんと幼い頃から永く馴染ませて、それぞれの心のなかに育ててきた“おばあさん”のイメージ。愛嬌たっぷりの、幼子のようで、ときに滑稽でときに少しばかり意地悪で、そして、何より優しいおばあさん。
 世界一の長寿国・日本女性の平均寿命は86歳。男の77歳に較べほぼ10年もおばあさんは長生きする。100歳を超えるおばあさんだってたくさんいる。全国どこの町や村を訪ねても、おじいさんの手を牽くおばあさんや、お喋り姦しいおばあさんご一行を必ず目にできる。
 おばあさんは愛される。子どもからはなおさらだろう。子どもが初めて出会うおばあさんは親族の祖母であり、案外若いおばあさんに出会う。50半ばが一般的で40半ばの若い若いおばあさんだっている。まだまだ元気なおばあさんに幼児はまず触れる。子どもから見るおばあさんは、おばあさんから見れば孫という関わり。大半のおばあさんは孫に殊のほか優しい。だから孫は、ときにキッとなるこわーいおかあさんから逃げ出しておばあさんににじり寄る(実は、おかあさんには勝てないのだけれど…)。おばあさんはたくさんの子ども体験を持っていて、おかあさんより少しだけ時間の余裕もあるから、子どもの格好の遊び相手になる。おじいさんはすぐくたびれてしまうけれど、おばあさんは元気だ。
 幼児から児童になる過程で、ある程度のお年寄りの女性も“おばあさん”と呼称することを子どもは知る。親族のおばあさんもこの頃には60歳を超えているからある程度とは60以上の女性たち。彼女たちを子どもは親しみを込めて“おばあさん”と呼ぶ。おばあさんの語は敬称だから子どもがその語を使うかぎり、「自分はおばあさんじゃないわよ」と思っていたとしても怒ったりしてはいけない。
 …98歳のおばあさんのおはなし。彼女は、子どもだけでなく大人からも愛され続けるおばあさん。魚釣りが大好きな同居人のネコくん坊やが「いっしょにさかなつりにいこうよ」と誘っても「だって、わたし98だもの、にあわないわ」と断る。おばあさんらしく窓下の椅子に座って豆の皮を剥いたりお昼寝したりののんびり生活。「だって、98だもの」が口癖で…。『だってだってのおばあさん』(佐野洋子・さく、フレーベル館)なのである。
 佐野洋子の描くおばあさんは〈人生はかくありたい〉というメッセージを世のおばあさんたちに贈る。前向き上向き元気向き。何事も人生気の持ちよう、というのだ。
 で、99歳の誕生日を迎えたおばあさん。「だって、おばあちゃんはケーキをつくるのがじょうずなものよ」とわくわくしながらケーキづくり。99本のローソクを買いに出かけたネコくん坊やは急ぎ過ぎて袋を破り泣きべそかいて帰ってくる。ローソクのほとんどを川に落し残ったのは5本だけ。「5本だって ないよりましさ」とおばあさんは二度も「1さい 2さい …5さい」とローソクを数える。5歳になったおばあさんは「だって5さいだもの」、「だって…」と魚釣りに出かけ、94年ぶりに川まで飛び越してしまう。5歳って、チョウチョや鳥や魚やネコみたいね…と“だって、だって”のおばあさんはネコくん坊やと野原や小川を相手に飛び跳ね続けるのだ。で、はなしの結びはネコくん坊やの少しの心配。「でも、おばあちゃん、5さいでもケーキつくるのじょうず?」となる。いゃぁ、笑いを誘いますよね。
 歯切れ良く、痛快で快活なストーリー。温かく大胆に描かれたイラストレーション。両者が実に気持ちよく合奏する。なるほど、と還暦まぢかのわが身に引き寄せて〈老後の人生はかくありたい〉と頷くばかり。だが…、跳んでいるおばあさんとネコくん坊やの二人芸にわが3歳の孫もおなかを抱えて笑い興じるではないか。
 〈絵本はかくありたい〉というサンプルのような楽しい傑作なのである。
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