ぼくの読み聞かせ教室



 高校生に国語なるものを教えて37年、やっとのことで定年を迎え、もう二度と教壇には立つまいと固く心に決めていたが、意志薄弱は持って生まれたもので、この4月から短大の教壇に立つ羽目となってしまった。前期は、「文学」を2講座担当ということなので、これまでの貯金でなんとかお茶を濁すことができたが、後期は新たに保育科の学生を対象に「言語と表現」という講座を担当することになり、大変苦しい思いをすることになった次第である。
 前任者からは「児童文学」をやったらどうかというアドバイスを受けていたので、3月に提出した講義の概要は、古典童話の講読と読み聞かせの実習を柱に据えた案でとりあえず切り抜けておくことにした。ところが、10月からどのように講義を進めていくかという具体的な案がなかなか浮かんでこない。異常なまでの酷暑と相俟って悶々とした夏を過ごすことになってしまった。
 ちょうどその頃である。新聞で松本直美さんたち『ほるぷフォーラム』の活動を知ったのは。《溺れる者は藁をも掴む》の諺どおり、早速周船寺の事務所に出向いて松本さんからお話を伺った。一番インパクトの強かった事柄は、「読み聞かせは、これからの日本をより良い方向に向かわせる方策の一つとしての可能性をもっている」ということであった。テレビで知ったイギリスの『ブックスタート』という政策も多少理解することができた。「よし!それでは古典童話も読み聞かせでやってやろう」と奮い立った。
 ところが、それからいろいろと具体的な計画を考えているうちに、さまざまな不安が頭をもたげてきた。「私語に圧倒されたらどうしよう」「睡眠の時間になったらどうしよう」「午後の90分の講義が連続で2コマになるけれど、そんなに集中力が続くかなぁ」等々ちょっと弱気になりかけていた時、これまたタイミングよく『絵本フォーラム』第18号が届いた。目を通していると、『子ども歳時記』に「絵本の読み聞かせは大人にとっても嬉しいものなのですね」という一節が目にとまった。「よし!これだ。やっぱり読み聞かせでいこう!」ということで決心がついた。 童話や絵本を読み聞かせながら、学生から疑問点や感想等を提出させ、その中から問題点を取り上げたり、テーマを設定したりして、それを考察させ、できれば《読み聞かせのポイント》のようなものもまとめさせたい。いろいろ考えているうちに自分でも何だか楽しくなってきた。結果はどうなるか、とにかくやってみよう、と心に決めた。専門的な知識をあまり持っていないことを、思いつきでやろうとするのだから、考えてみれば恐ろしいことではあるのだが、まぁいいか。とにかくやってみよう。
 その時点で考えていた講義の概略は、イソップ童話、課題は「生きる知恵」「教訓」、グリム童話、課題は「人間の多様性」「残酷表現」、アンデルセン童話「愛」「死」、世界のおとぎばなし・日本のおとぎばなし、課題は「語り口のおもしろさ」「タブー・掟・契約・約束」といったところである。講義の実施に当たっては、学生とのやりとりによって課題等を取捨選択しようと考えた。作品の朗読についても、雰囲気ができあがったら学生に読ませ、学生の読みたい童話や絵本を読ませることも考えている。

 といったところで、10月から《ぼくの読み聞かせ教室》がスタートすることとなった。

「絵本フォーラム」20号・2002.01.10

松本 眞也<(山口芸術短期大学 非常勤講師)
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