えほん育児日記
〜絵本フォーラム第95号(2014年07.10)より〜

心の畑に種を蒔く

津田 美恵(絵本講師)

長男が小学校に入学した当時、地元小学校で異文化の紹介・昔遊びの伝承など様ざまな分野で子どもたちにその知識や実践法を教えられる「地域人材募集」というお知らせがありました。このなかに「読み聞かせ」という項目があるのを見つけ、「これだ!」と私は心が弾みました。  元々単純な性格でもありましたが、この時は妙に度胸が据わり即応募したのです。それと、もう一つ背中を押してくれた理由があります。様ざまな事情があり、絵本を読んであげる気持ちがあってもできないお母さんたちもいることに想いを馳せるようになっていたのです。そんな絵本を読んでもらったことのない子どもたちにも心躍る素敵なお話を届けるような機会はないかなと考えていました。この思いが躊躇なく「読み聞かせ」のスタートを切る強い動機となりました。それ以来お暇を出されることもなく、今日まで感謝の内に10年余り続けてくることができました。  「読み聞かせ」という言葉は最近随分と社会の中で定着してきました。対象が子どもだけではなく、大人向けにも、例えば福祉施設のプログラムの中にもとり入れられています。読み聞かせの場が広がっていくと同時に、それぞれの思いや願いを込めて真摯に活動しておられる仲間が増えていくことはなんとも心強く嬉しい限りです。

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 ところで、私が出向いている小学校では学年終わりに、クラス毎に「1年間ありがとう」の気持ちをお手紙にして手渡してくれます。読み聞かせの時間には感想やお気に入りの絵本はどれだったと聞きはしませんが、正直子どもたちの反応が気になることもあります。ですから、このお手紙はそんな気持ちに応えてくれると同時に、こんな風な捉え方もあるんだ、そういう読み方もできるんだと私自身に気づかせてくれます。  そして、「この時間がくるのがずっと楽しみだったよ」、「本はあまり好きじゃなかったけど長い本でも読めるようになったよ」、「このお話が大好きだからお家でお母さんと読むね」、「お話の続きを想像して自由帳に書いたよ」等、子どもたちの飾り気のないストレートな言葉は私にとって何よりのご褒美となっています。

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 先日、マンションのエレベーターを待っていた時のことです。浅黒く日焼けした中学の制服を着た男の子が、しげし絵本講師・津田 美恵げと親しみを込めた眼差しを私に向けているのを感じました。目が合ったのでこちらからニコッと軽く会釈をした途端、彼は少しはにかみつつも「絵本の読み聞かせはまだやってはりますか?」と尋ねてきました。  彼に絵本を読んだのはもう何年も前のことだろうに、彼の頭の中には今もしっかりと絵本のお話に共感した体験が記憶として残っていたのでしょう。「はい!まだやっているよ」と返事をすると、彼は輝くような優しい笑顔を残して昇りのエレベーターに乗り込んで行きました。  お互い一言ずつ交わした言葉でした。しかし、何故照れながらもわざわざ聞いてきたのかと彼の気持ちに思いを馳せました。中学生との言葉のやり取りは私の読み聞かせ活動に於いて揺るぎない心の支えになっていくものだと思います。  子どもたちが何度も読み返したくなるような絵本や、あの人に読んで届けたいなあと思う絵本に出合えるよう、読み聞かせを通してこれからもその仲立ちになりたいものです。
 追伸 皆さんはからし種をご存知でしょうか。1ミリ前後の植物の中で最も小さな野菜の種でありながら、木のように2〜3メートルにも成長するのです。ほんの小さな種から大きく大きく成長するからし種!ベランダで栽培するのは無理なようなので、伸びシロのある心の畑では育てたい。(つだ・みえ)

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