たましいをゆさぶる子どもの本の世界

 
「絵本フォーラム」第92号・2014.01.10
●●81

シンプルの、素朴な心性の、それらの極みのような絵本づくり

『だるまさんが』

 各地の禅寺境内などで年初からしばらく、だるま市がにぎわう。だるまは和紙を材料にした赤い張子の置物で日本人に広く親しまれている。縁起物として買い求める人々は、それに願をかける。受験、結婚、病気に選挙など祈願は何でもよい。で、願かけだるまには目玉がない。大願が成就してはじめて目玉は墨入される慣わしである。
 禅宗の開祖とされる達磨大師が置物だるまのモデルだ。6世紀前後にインド生まれの達磨が中国に教えを伝え、ずっとのちの12世紀末、鎌倉時代に至って日本に禅宗が伝わる。達磨には、壁に向かって9年間も座禅をつづけたというすごい伝説がある。そのために手足が腐ったという説話だ。これに由来して張子のだるまは手足のない座禅姿となる。
 赤い楕円状の造形や誇張される面相から親しみが生まれるのだろうか。何故か飽くことのない魅力がだるまには宿る。

 子どもたちもだるまが大好きだ。多くの大人たちも幼児期に「にらめっこ」遊びをした体験を持っているはずである。親子や兄弟が対面して「だるまさん だるまさん にらめっこしましょ 笑うと負けよ」と節をつけて声をかけあい、「あっ、ぷっ、ぷっ」とやる。幼児は瞬時に吹き出て破顔一笑となる。最上位にだるまを置き薄板円柱を重ねて、だるまを落とさないように木づちで円柱を打ち抜くだるま落としなどの玩具もある。
 そしてなにより、鬼ごっこ遊び「だるまさんがころんだ」だろう。
 低い重心で丸い容姿のだるまは八起人形に似て転ばない。転ばないはずのだるまが転ぶという、わずか10文字の単文節の意外性や切れの良さ、節回しある口述が持つ響き。この10文字「だるまさんがころんだ」を鬼役が唱える間に他の参加者は逃げ回る。唱え終わった鬼が振り返った時に動いたら捕えられる鬼ごっこ。大人気の「だるまさんがころんだ」は身体運動にもなる遊戯として定番的な遊びになっていると思う。

 だるまさんを登場させる絵本や児童向け読物も多くなる。なかで、かがくいひろし作の絵本『だるまさんが』の一捻りがすごくいい。なにしろ、だるまさんがこけるのだ。描かれるのは八の字眉毛に愛嬌ある小さなどんぐり眼の子だるまさん。どうやら空気入り人形の丸い身体には、無いはずの小さな手足がある。だから、だるまさんは動ける。
 澄まして瞑想し座禅を組むだるまさんの姿で絵本は頁を起こす。つづく見開き頁は瞑ったまま四股を踏むだるまさん。左に右に、……。そこに、「だるまさんが」とナレーションが流れる。で、転じる絵本展開は「どてっ」と大音声を発して、横転するだるまさんを描き出す……。
 展開は五幕。前幕につづいて、四股踏む顔貌は展開ごとに片目瞑り・こらえ目・不安目・気合目と変化する。こけ方も一様ではない。空気が抜けて「ぷしゅーっ」とへたり・こらえきれずにおならを「ぷっ」・何だか妙に「びろーん」と伸びて・最後は両手を前に起立して「にこっ」と満面笑顔のご挨拶。……何度か読み語りを繰り返すと、語り手をじいーっと見つめる聴き手たちは、ナレーションが了わるやいなや、「どてっ」、「ぷしゅーっ」、「ぷっ」と喚声あげておおこけの場面を待ち受ける。
 シンプルの、素朴な心性の、あたたかさの、それらの極みのような絵本づくりは紙面を劇場化する。ちいさなおどろきを大きな楽しさにスケールアップする。……教育現場にしっかりと足場を置いて美術教育や人形劇活動に心身を注いだという作者快心の豊かな喜びや笑みが伝わってこないか。さわやかな心地よさは、ぼくにも快い。
 あまりにも浸透しただるまさんの人気を、モデルとなった達磨大師はどう想うだろう。不思議なことに日本人の多くは、達磨大師が何者であったかを、えらいお坊さん≠ュらいにしか知ることはない。

『だるまさんが』 (かがくい ひろし/作 ブロンズ新社 )

前へ第1回へ