えほん育児日記
〜絵本フォーラム第92号(2014年01.10)より〜

絵本を取り巻く社会

原 知恵(絵本講師)

 「リスさんのごはんがなくなっちゃうから、ひとつだけ」
 今日もまた、神社の境内に落ちているドングリの中から、選りすぐりの1つを決めた娘。こうしてお散歩の度1個ずつ集めたドングリも小さなバケツいっぱいになり、気がつけば新しい街に来て3ヶ月が過ぎようとしています。私達は9月初旬、夫の転勤に伴い兵庫県宝塚市から愛知県名古屋市に転居しました。環境にも慣れ、先日、娘が来春から通う幼稚園も決まりました。いよいよ春からは、私達親子がこれまであまり意識してこなかった「時間」に追われる生活が始まります。残りの日々も娘にとことん付き合ってのんびり過ごしたいと思う今日この頃です。

                  *   *   *

 私は2011年2月26日、第7期「絵本講師・養成講座」を修了しました。それを祝福するかのように、2日後の28日に生まれた娘も、間もなく3歳のお誕生日を迎えます。私も、母親になって、また、絵本講師となって、3年になります。
 修了して間もなく、私は芦屋、西宮市等在住の絵本講師が集まる「はばたきの会」の支部「絵がお」に入れていただきました。そして、娘が生後半年を迎えた2011年9月、絵本講師として初めて話をする機会をいただきました。授乳や寝かしつけで寝不足ながらも、ようやく娘と絵本を楽しむ時間が増えつつあるという時でした。そんな自分が、娘と同世代の子を持つママ達の前で「絵本で子育て」を語ることになったのです。
 悩んだ結果、幼少期、両親に読んでもらった絵本の思い出と、それから、より実践的な話として、養成講座のテキストを読み込んで覚えた〈読み聞かせの方法〉や〈注意点〉など、今から思えば知識の羅列のような話に多くの時間を割いてしまいました。

 その日のアンケートは私に多くの気付きを与えてくれました。最後に少しだけ、自分が「絵本で子育て」をする立場になってからの体験話をしたのですが、その話に一番反響がありました。絵本に育てられ、助けられ、その魅力をお伝えする「絵本講師」という肩書きを背負うことになった人間も、実際、子育てに向き合ってみると、しばらく本棚に手を伸ばすこともままならなかったこと、そんな私が娘のファーストブックに買った本とその理由についての話です。「まずは1冊からでも読んでみたいと思った」「お子さんに選んだ絵本の話をもっと聞きたかった」そんなコメントをいただきました。読み聞かせの注意点云々の前に、絵本を手に取って読む時間をつくることがハードルだとママ達は感じていました。それは、私自身も通った道でした。そんな自分の経験を正直に話すことが、その日来てくださったママ達の心に寄り添うことだったのだと思いました。そして、それこそが、私に出来る「絵本講座」なのだと思いました。

 あれから何度か講座の機会を頂戴しました。あの日以来心がけていることは、「あの人に出来るんだったら、私にも出来るかもしれない」来てくださった方にそう感じていただけるような話をすることです。

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 さて、生後半年ではなかなか叶わなかった親子の絵本タイムも、今ではすっかり定着しました。寝る前に私が絵本を選んでいると、「これも!」と娘が持ってくるのが『よるくま』(酒井駒子/作・絵、偕成社)です。彼女のお気に入りの一冊を、私はいつも最後に読むことにしています。《おやすみ》と読み終えて部屋の灯りを消し、布団に入ると、娘はひそひそ声で「ねぇ、ママ。あしたもあそぼうね」「また、おきようね」と言ってくれます。よるくまにママが優しく語りかけるラストシーンの続きなのだろうと思います。毎夜、娘と過ごすこのひとときが幸せでなりません。
 そして、「明日また起きようね」という我が子の一言に色々な思いが巡ります。何の疑いもなく純粋に新しい朝を楽しみに眠る子ども達の未来は、私たち大人が、今何を考え、どう行動するのかにかかっています。一人の社会人として、母として、責任を持って恥じることのない生き方がしたい、そう強く思います。そんな生き方を叶える一つとして、私は「絵本講師」の道を歩み続けたいと思っています。私たち一人一人の「チョウの羽ばたき」が、いつか大きな竜巻を起こす日が必ず来ると信じて……。

                    (はら・ちえ)

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