こども歳時記

〜絵本フォーラム91号(2013年11.10)より〜

誠実な大人でありつづけたい

 去る9月8日、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定しました。
 人生に二度も東京五輪をみることができるという方もいらっしゃるでしょう。新幹線が開通し、首都高や競技施設が新たに建設され、テレビが家庭に普及するなど、日本が高度経済成長の中で、先進国に肩を並べるまでに発展した背景に、五輪開催は大きな力を発揮し、戦後復興の象徴として国民に大きな希望を与えてくれたといわれています。
 このたび、二度目の五輪開催決定のニュースでも、「希望」という言葉をよく耳にしました。東京都知事も「2020年東京大会を開催することで、私たちは希望をつくり出していく」と発言されています。
 『希望のつくり方』(玄田有史・著 岩波新書)は、東京大学社会医科学研究所で研究されている、希望学をもとに書かれています。それによると、希望とは「具体的な何かを行動によって実現しようとする気持ち」だそうです。希望は、強い「気持ち」、かなえたいという「何か」を決めること、「実現」にむけた道筋、そして「行動」の四本の柱から成り立っている。希望がみつからないときは、この四本の柱のうち、どれが欠けているのかを探してみるといい。また、社会の希望を考えるのであればいっしょにやる「他者」も欠かせない、とあります。希望は他人から与えられるものでなく、自分で探し、つくっていくものというわけです。
 ところが、希望がかなわないことで失望し、挫折することを避けるために、あえて希望というものから距離を置いているということはありませんか? 年を重ねるにつれ、実現の可能性を現実視しますし、社会全体に漂う閉塞感が、希望の喪失や無力感を抱かせていることもあるでしょうか。
 一方で子どもは「宇宙飛行士になりたい」「プロ野球選手になりたい」など、未来を信じ希望を語ります。子どもの頃の夢は、かなえられることなく、失望に終わることが多いのも現実なのですが。ただ、そもそも夢や希望を持とうとしない子どもも増えているようです。効率化が重視され、生き急がされる現代社会では、遊びやユーモアの先にうまれる夢や希望でなく、早くから現実を見ることが優先されるのかもしれません。だからこそ今、子どもに希望を語る、誠実な大人の存在が必要ではないでしょうか。
 今年は、『ぐりとぐら』(なかがわりえこ/文 おおむらゆりこ/絵 福音館書店)が世に出て50周年。東京五輪の前年、1963年に初版され、3世代にわたって読み継がれている絵本の代表的作品です。世の中の景気が変動しようとも、2匹の野ねずみが見つけたたまごで作った黄色くてふわふわの大きなカステラに、子どもたちが胸をワクワクさせるのは変わらなかったと思います。このように心を揺さぶる体験こそが、幼い子どもにとって、希望だと思うのです。
 2020年も、その先も、子どもが希望をもって生きていける社会であるために、絵本の力を借りつつ、わたしたちは誠実な大人でありつづけたいものです。

北 素子(きた・もとこ)


『ぐりとぐら』
(福音館書店)

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