えほん育児日記
〜絵本フォーラム第91号(2013年11.10)より〜

絵本を取り巻く社会

冨田 啓子(絵本講師)

 1970年代、近所のおじいさんが話してくれる平家物語に夢中になって、宿題は後回しだった私の小学生時代。「お母さんが子どもの頃は、近所の木に登っておやつを食べていたよ」という話に娘たちは目を輝かせます。そして母親が過ごした子ども時代と今の自分たちとを比べて、うらやましいと抗議まじりの意見が飛び交います。あの頃は、子どもはどの家の庭にも自由に出入りし、夏にはよく蝉をつかまえたものです。落し物は名前さえ書いていれば、町の誰かが届けてくれました。町の大人は町の子どもたちをよく知っていました。それらは、町の祭りごとや行事に住民が必ず参加するなど、地域の人々の交流があってのことでした。

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 近年、絵本が方々で取り上げられています。子育てに絵本を取り入れることが、親子間の交流を豊かなものにし、子どもも大人も成長していく手助けの一つになっています。また、学校図書館ボランティア、図書館、書店などで、読み聞かせ、おはなし会が全国的に活発になって、絵本に関する書籍も多く出版されています。
 そのことを喜ぶ一方、子育てに絵本がプラスになるということを求める現代の社会とはどんな社会なのか、しっかりと見つめていくことは大切だと思います。以前は、政治や経済などにあまり関心がなく、絵本とどう関係があるのだろうかと思っていましたが、絵本を読む子どもたち、そして私たちの生きていく社会のこととして考えると、より良い社会を作って後世につないでいかなくてはならないと思うのです。

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 『山いっぱいのきんか』(君島久子/ぶん、太田大八/え、童話館出版)や『はなたれこぞうさま』(川崎大治 /ぶん、 太田大八/え、童話館出版)などの昔話に伝えられるような、約束を守らず欲を出して身をほろぼす大人は、現実に今もたくさんいます。この二冊の絵本は、読み終えたときに、子どもたちから決まってため息がもれます。子どもたちは「どうして最初の約束を守らないの?」「なぜ、あんなにほしがったの?」「自分たちはこの本の人のような間違いは起こさない!」と口々に言います。ところが、この本の主人公のような大人が今でもたくさんいるのです。
 だからこそ、「絵本で子育て」センターの絵本講師として、家庭で絵本を読む大切さを伝えつつ、日々、激しく変わりゆく世の中が、子どもたちにとって、将来大きな重荷とならないように、大人の都合で子どもを犠牲にするような社会にならないように、しっかりと自分で考えて判断していきたいと思います。
 沖縄・憲法・原発・東北復興・TPP・消費税。私たちが向き合わなければならない問題はたくさんあります。この日本に住む一人の大人として、何がよいことなのか、悪いことなのか、どのように問題を解決すればいいのか、個人で考えなければなりません。
 そして、子どもたちに胸をはって残せる世の中、子どもたちが安心して過ごせる世の中にしていかなければならないのではないでしょうか。少し大げさな! と思われるかもしれませんが、じわじわと世の中は変わっていきます。取り返しのつかないことにならないように、世の中の動きに正しい判断ができるように、絵本講師として、絵本を手に学びの毎日です。

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 大人になって子どもを育てながら思うことは、私は、両親はもちろんですが、近所や町の人にも温かく見守られて育ってきたのだということです。今の社会を生きる子どもたちが大きくなって、子ども時代を振り返るとき、私たち大人をどう思い出すのでしょうか。
 絵本『ルピナスさん ―小さなおばあさんのお話―』(バーバラ・クーニー/さく、かけがわやすこ/やく、ほるぷ出版)のルピナスさんのように、生きることについて、自分で考え判断して、山あり谷ありの人生をしっかり地に足をつけて歩みたいと思います。
 そして、絵本講師として、大人や子どもたちの心に素敵な花を届けることができるようになるには、一人の大人として責任ある行動を忘れてはいけないと、繰り返し心に思うのです。

                    (とみた・ひろこ)

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