えほん育児日記えほん育児日記
〜絵本フォーラム第87号(2013年03.10)より〜

魔法の言葉「君は本当はいい子なんだよ」

 『窓ぎわのトットちゃん』

黒柳徹子/著、講談社

北 素子 (絵本講師)  

 ある日子どもに、「お母さんが小学生のときに読んだ本で、おもしろかったものを教えて」と言われ、『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子/著、講談社)のことを思い出しました。
 著者の黒柳徹子さんは、当時人気歌番組の司会をされていたので、小学生にもよく知られた存在でした。豪華な衣装や特徴のある声、歯切れのいいトークは、番組を見る楽しみの一つでもありました。
 そんな有名人の自伝的物語ということでも話題になったのでしょう。小学校高学年だった私は、「黒柳徹子さんの幼少期のことが書かれている本」だと母から聞いたうえで手にしたのを覚えています。しかしそのことを忘れるくらい、主人公「トットちゃん」は魅力的でした。旺盛な好奇心がもたらすユニークな行動や発言に、面白さと愛おしさを感じながら、また、トモエ学園のような学校に通えたらどんなにいいだろうと思いを馳せたものです。
 このたび、子どもに尋ねられたことをきっかけに、三十年ぶりに読んでみました。
 小学一年生で退学を経験しているトットちゃん。学校の机のフタが、ごみ箱のフタのように開閉するのがうれしくて、授業中に百回くらい開けたり閉めたりします。ある時は、窓際に立ってチンドン屋さんが通るのを待っています。やってくるとクラス中に「チンドン屋さんがきたよー」と大声で呼びかけるので授業になりません。教室の屋根の下に巣作りをするつばめに向かって大声で何度も「なにしているの?」と声をかけることもありました。そういうわけで廊下に立たされるのですが、本人は、なぜ先生に怒られるのか全くわからないのです。
 とうとう、トットちゃんのお母さんは先生に呼び出され、これ以上迷惑はかけられないと、退学を決意します。そして、あちこち探して見つけた新しい小学校が、トモエ学園でした。物語は、トモエ学園に初登校するところから始まります
 この学校の教室は、車輪を外した電車でした。校庭に置かれた電車を一目で気に入ったトットちゃんですが、もっと気に入ったのは、校長先生の存在です。トットちゃんは、初登校の日に、校長先生と二人で四時間お話をしています。家族以外で、こんなにも真剣に話を聞いてくれた大人は初めてでしたから、校長先生のことを、安心できて、温かく気持ちがよい人だと感じます。トモエ学園は全校児童が五十人程度。トットちゃんのクラスは九人です。座る席も自由、その日の時間割の科目であれば、学習する順番も自分で自由に決めることができ、わからないところがあれば、先生に聞きに行って一対一で教えてもらえます。ここでも、トットちゃんはいろいろと珍事件を起こしますが、前の学校のように、冷たい目で見られたり、疎外感を感じたりすることもなく過ごしていくのです。
 この本が出版されてしばらくして、ある雑誌に、「エジソン、アインシュタイン、そして黒柳徹子はLDだった」と掲載されたそうです。『小さいときから考えてきたこと』(黒柳徹子/著、新潮文庫)には、LD(学習障害)とは何だろう、知らないところでなにか自分が障害を持っていたのだろうか、と驚いたと書かれています。著者が、『窓ぎわのトットちゃん』を書こうと思った理由は、子どもを愛し、情熱をもって子どもに接していた校長先生がいた、ということを忘れないうちに留めておきたかったからだそうです。ですから、最初の小学校を退学した理由も、子どもらしい好奇心の旺盛な元気な子どもだったからなんだ、という気持ちで本当のことを書いたのですが、専門家や研究者からみれば、何もかもがLDに当てはまるということだったそうです。
 その後黒柳さんは、あるLDの子どもについての番組を見て涙が止まらなかったのだといいます。それは、テレビに映っているLDといわれている子どもたちが小さいころの自分のように見えたこと。そして、当時の小林校長先生は、LDなんてことを知らなかったのに、LDだったかもしれない自分に完璧に適した教育をしてくださったことがわかったからです。
 《校長先生は、後でわかったことだけど、どの子にも自信をつけるような言葉をかけていた。私には一日に何度も「君は本当はいい子なんだよ」と言い続けてくださった。私はいい子なんだと思っていたけど、大人になって思い出したら、「本当は」というのがついていたことに気がついた。でも、先生のこの言葉は私の一生を決定してくれたくらい、私にはありがたい言葉だった。私はこの言葉で、勝手にいい子だと思い、先生を信頼し自信を持って大人になれた。》と『小さいときから考えてきたこと』に書いてあります。
  トットちゃんのご両親もまた、小学一年の途中で転校した理由が退学だということを、大きくなるまで本人に言いませんでした。
 どうすれば彼女がのびのびと自分らしく生きていけるだろうかということを、最優先に考えてくれる大人がいたことは幸せです。お母さんは早い段階で環境を変えてくれましたし、世間が眉間にしわを寄せるような行為をトットちゃんがしたとしても、校長先生はちゃんと向き合って話を聞いてくれました。
 トットちゃんの個性を早くから見つけ、その芽を摘まないように才能をのばすサポートをしてくれた。そんな周りの大人や安心できる環境のおかげで、生きづらさを感じることなく、自信や自己有用感を持ち続けることができたのでしょう。
 親は、子どもに平均的な発達を望むがゆえに、非定型な発達に対してネガティブに考えることがあります。できないことばかりに注目することで、劣等感を植え付け、せっかくの可能性をつぶしてしまっているかもしれません。親や周りの人が、子どもの特性を理解し、それを長所として自信を持たせてあげれば、子どもは本来の能力を発揮し、成長していけるということを教えられました。それはどんな子どもであっても同じく。
                                     (きた・もとこ)

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