えほん育児日記
〜絵本フォーラム第87号(2013年03.10)より〜

絵から溢れる言葉を追いかけて

 『ライオンとねずみ』

ジェリー・ピンクニー/作、さくまゆみこ/訳、光村教育図書

碩 佐和子 (絵本講師)  

 木曜日の朝、私は家事を片付け、9時前に颯爽と家を出る。家から車で10分の市立図書館は、まだ薄暗く静まり返っている。通用口から館内に入り、一角にある20畳程の部屋のブラインドを開ける。朝の陽射しがさぁっと差し込み、今日も快晴。「絵本で子育て」センターで学んだことを実践する場、『ふれあいルーム』はまもなく開始の時間だ。
 ベッドタウンとして多くの子育て世代が暮らす枚方市で2006年、新しい試みである「子育てに絵本を取り入れる」施策が動き出した。この施策は、行政と民間ボランティア団体との協働で取り組まれる。市立図書館は場所を提供し絵本や図書館利用に関する助言を、行政は予算を確保し広報を担当、民間ボランティア団体の私たちが実際の運営を担当する。
 私たちは、お薦めの絵本の紹介や読み聞かせ、赤ちゃんの為の手遊び歌やわらべ歌、お母さん同士の交流タイムと、2時間半のタイムスケジュールを丁寧に練り上げたが、開設当初は試行錯誤の連続だった。
 それでもこの『ふれあいルーム』には、0〜3歳のお子さんを連れた参加者が殺到した。少子化の中、孤立した若いママたちがいかに交流の場所や情報を求めているか、行政も私たちも痛感する事となった。絵本の楽しさ、子育てに絵本を取り入れることの大切さを学び、仲間やスタッフに悩みを相談しながら、みんなで子どもと共に成長していく。その現場に身を置くことの幸せを感じながら、今日も私は絵本を選ぶ。
 今回、取り上げたのは有名なイソップ物語のなかのお話、『ライオンとねずみ』(ジェリー・ピンクニー/作、さくまゆみこ/訳)。2010年のコルデコット賞金賞を受賞している。作者は、故郷アフリカの自然保護に強い関心を寄せるアフリカ系アメリカ人だ。
 表紙を開くと、見返しの中央部分にバオバブの樹が左右に大きく枝を広げ、その周りにはいきいきとした表情で集うたくさんの動物の親子たち。作者は、舞台を東アフリカのセレンゲティ国立公園に置いたという。アフリカの大地を渡る風の音が聞こえてきそうな壮大な景色に圧倒される。右手前に、大きなあくびをしている主人公のライオンをさりげなく配してあり、物語への導入となっている。頁をめくると今度は一転、踏みつけてしまいそうなアリたちが働く足元の世界へ。ここにもう一匹の主人公である小さなねずみが、好奇心いっぱいの大きな目をキラキラさせている。こうして物語は始まっていくのだが、どの頁にも「文章」はなく、あるのはただ草原の暗闇に「ホー、ホー、ホホー」と鳴くふくろうの声や、「ザリザリ、ザリザリ」とねずみが縄を噛み切る音だけだ。
 集まった赤ちゃんとママたちに、表紙からゆっくりと見せながら、ねずみのお母さんと一体になって、アフリカの大草原へと入り込んでいく。不思議なことに読む「文章」がないのに、絵を見ているだけで溢れるように言葉が湧いてくる。子どもたちのために餌を探し回るねずみのお母さんの周りには、危険がいっぱいだ。空から攻撃してくるふくろうから、やっとの思いで逃れたら、なんとそこはライオンの背中の上。「お願いです!……助けて下さい……」。いつの間にか『ふれあいルーム』は、水を打ったように静まりかえり、赤ちゃんたちはグスンとも言わず、絵本に見入っている。
 絵本を読み聞かせる側になって7年、「絵本で子育て」センターでの学びのおかげで、新しい発見や感動でいっぱいの毎日。それでも絵を眺めているだけで、次々と言葉が湧いてくる……こんな体験は始めてだ。
 絵本には、文章を読み、美しい日本語を届けるということと同じ位「絵を見る(読む)」ということの大切さがある。絵を見た子どもの心に湧いてくる言葉と、親の心に湧いてくる言葉を紡ぎ、親子で豊かな言葉の世界を創りあげていく。この絵本を手に取っていると、そんな子育ての喜びの光景が見えてくるようだ。
 裏表紙の見返しには、罠から生還したライオンのお父さんが、優しい眼差しで子どもたちを見つめながら散歩するシーンが描かれている。そしてその背中には、なんとねずみのお母さんと沢山の子ども達が……。それを伝えると『ふれあいルーム』の参加者から歓声があがった。
 作者は、この本を「ひ孫」に捧げている。アフリカの大草原に群れる多くの動物の家族と美しいありのままの自然。アフリカを舞台にしたライオンとねずみは、現代に生きる私たちに、イソップの教訓と共に更なる大きなメッセージを投げかけている。「子どもたちの心の片隅に、ずっと君たちが残っていってくれたら良いね……」、と私は『ふれあいルーム』の活動日誌を書きながら、裏表紙のねずみに語りかけている。

                                  (せき・さわこ)

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