えほん育児日記

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~絵本フォーラム第86号(2013年01.10)より~  Vol.4

一緒に遊び、感じる時間を

 《たこをあげ いちばんあがった ぼくのたこ》この12月5日に長男のノートに書かれていた俳句である。一昨年の年長の時に卒園文集で作った俳句が《ケーキでは ショートケーキが さいこうだ》とあり、とても可愛かったテーマから、少し大人びたなと成長を感じた。

 月日というのは過ぎてしまえばあっという間に感じるが、去年は育児に日々の生活にと本当に一日一日内容が濃くてとっても長かった。今から一年後……未知すぎて想像できない。よく親が「皆が元気でありますように」と言って拝んでいて、なんて欲がないんだと思っていた。いまはわかる。とにかくみなが健康でありますようにと願ってしまう。それが一番。
 息子たちは一年で背は7センチほど伸びている。長男は嫌いだったなすびが美味しいと食べられるようになった。公園にはお友だちと約束をして一人で行けるようになった。時間になったら帰ってくることもできる。次男は縄跳びで「郵便屋さんおはいんなさい」が20回まで飛べるようになった。何かを作ったり書いたりするのが好きな次男は、ひらがなをかけるようになってからはあちこちに絵やら工作やら格言のようなものを書いてはセロテープでぺたぺたと貼り付けている。「おかあさん」と書かれた顔の絵、「お父さん」と書かれた顔の絵、「へんなおじさん」と題した変な顔の絵。リンゴを食べる象の切り絵。今日も何かテーブルの裏に貼り付けていた。そこには「あさのぽいんと あさはおきる、よるのぽいんと よるはねる」と紙に書かれていた。なかなか5歳にしては哲学的なことを書くなあと驚いた。一緒に見ていた長男が「あたりまえのことやん。まあ、だいじなことやな」と一丁前なことを言った。確かにごもっともだが、これを5歳の次男が直感で書いたんだと思うと、すごく素敵で大事な言葉に思えた。長男の俳句といい、こどもの知っている言葉を、こんなに明確にシンプルに使うだけで、心にじんわりと温かさを感じられた。

             *   *   *

 つい先日、近所の人と話をしていて子どもの話題になった。彼女は小学6年の息子の無知さを嘆いていた。「母さん、ノラ犬ってどんな犬? 高級?」と聞いてきたそうだ。野良ではなくノラという犬種があると思っていたらしい。さらには彼が4年生の時、学校でお休みのお友だちの連絡帳を先生から言付かり「これ、お休みの○○君の連絡帳。おねがいできるか? ポストに入れてくれてもええから」と言われ、なんと赤い郵便ポストに入れてしまったというのだ。京都市の郵便局の親切で学校名の書かれた連絡帳は無事学校に戻ってきたそうだ。なんて素朴で素直で可愛い子なのだと笑ってしまった。と同時に思い出した。私も中学生くらいまで「柴犬」を芝生にいる、芝生で育てる犬と思いこんできた。「しば犬飼ってるんだ」といったお友達に「しば犬? 芝生なん、お家の庭! すごいね」といったことで勘違いが判明したことを思い出した。私はよく親から「そんなことも知らないのか?」「あー恥ずかしい!」「無知もほどがある」といわれた。いまだ言われるが……。興味関心がないと知らないものは知らないのは当たり前で、そこで勘違いがわかり知ることができた時改めて興味を持てると思う(と正当化してみる)。しかし22歳の時、就職試験の面接で「牛にひかれて……さあ続きを答えてください」と言われた時、私はとっさに「牛にひかれて死んじゃった」と答えた。帰宅して調べたら「牛に引かれて善光寺まいり」とあり、かなりの赤っ恥をかいたこともある。本当に本当にその時は心底悔いた。もっと言葉の意味を勉強しておけばよかったと。もっといろいろなことに興味関心をむけていればよかったと。
 私は言葉も知らないし人生経験もまだ少ないけれど、このぽんこつな感性が意外と役立つこともある。子どもの気持ちにかなり近く寄り添えているのか子どもには懐かれるのだ。息子たちが鬼ごっこをしていると必ずメンバーに入れられる。「おにごしよー!」(鬼ごっこは'おにご'と略されている)と誘われ、いざ加わると相手は子どもとはいえ私も本気である。必死で追いかけ捕まえられないと悔しい。そして楽しい。もう少し若く腰痛もなく体力が無限であり夕飯の支度をしなくていいのなら、いくらでも遊んでいたい。
 「牛に引かれて善光寺まいり」私にとって絵本で子育てすることがそうであるように思う。
 かつては絵本をいっぱい読み子育てを楽しみたいと思った。いまは、絵本のちからのおかげなのか、子どもたち世代が大きくなった時に生きる力を持ち明るく安心な未来を切り開いていけるよう、いま私にできるサポートをしていきたいなと思う。
 子どもと向き合える時間は食事の時間を抜いたら 一日平均2時間しかないという。もっと少ない人もいるかもしれない。親の保護や干渉から逃れたいと思うギャングエイジにさしかかるまでは、こうして誘われるなら一緒に遊び、感じる時間をめいっぱい過ごしたい。
 玄関のたたきには、息子二人のスニーカーが泥だらけ、そして私のスニーカーも泥だらけ。あーたたきを掃除しなくては。

                          (かとう・みほ)

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