えほん育児日記
〜絵本フォーラム第81号(2012年03.10)より〜

絵本を読む、どんどん読む

長尾 尚子 (絵本講師)

 彼は、いつもにこにこと友達が話すのを聞いていた。でも、彼から話すことはない。家のなかでは普通に会話をするのに…。彼は小学2年生。私が初めて担任したクラスに彼がいた。その彼が思わず言葉を口にしたことがある。『かたあしだちょうのエルフ』(文・絵/おのきがく、ポプラ社)を読み進めていた時のこと。エルフは、ライオンと闘い、傷ついているにもかかわらず、自分の体のことなど忘れて逃げ遅れた子どもたちを背中に乗せて助けようとする。襲いかかる黒ひょう。エルフは最後の力をふりしぼって闘う。その時、「がんばれ!エルフ!」の声が聞こえた。クラスのみんなが彼を見る。
「○○ちゃんがしゃべった!」みんなびっくり。彼もびっくり。絵本のなかの言葉が、絵が彼の心を動かした。

  絵本のなかには、愛とは、勇気とは、やさしさとは、悲しみや苦しみに共感するとは、支え合って生きるとは、……など、人間として大切なこと、ものごとの本質が描かれている。本物だからこそ子どもたちの心に響く、届く。

 『半日村』(斉藤隆介/作、滝平二郎/絵、岩崎書店)を学習していた時のこと。読んで感想を出し合い、また読む。それを繰り返していたある日、「ぼく、もう見なくても読めるよ!」と立ち上がった子どもがいた。「私も!」「ぼくも!」と数人が立った。声を合わせて読み始める。座って聞いていた子どもも読み声に誘われて、一人、二人……と立ち上がる。声が大きくなる。お話のなかに入り込んでいく。みんなの声が、心が一つになる。最後まで読み終えた時には全員が立っていた。みんなで拍手。友達に、自分に。『半日村』は、いつの間にか、みんなの大好きなお話となっていた。

 繰り返し読むことで、その絵本の豊かさや深さが見えてくる。わかりやすく、興味をひく題材・表現。豊かにイメージをふくらませることができ、さまざまに意味づけすることのできる絵本。そんな絵本は、繰り返し読むことで感動をあらたにし、また何らかの新しい発見ができる。
 学校で、子どもたちにたくさんの読み聞かせをした。図書室や本屋で子どもたちをイメージしながら絵本を探す。「これだ!」と思う本に出合えた時のうれしさ、それを子どもたちに読み聞かせた時の満足感。
 私の周りに子どもたちが集まる。子どもたちの期待にあふれた目が私に注がれる。おもしろいものはよりおもしろく、怖いものはより怖くなるように読んだ。声色を変え、抑揚をつけ、声の大きさや読むスピードを変えた。時には子どもたちとの掛け合いも入れて読んだ。子どもたちは聞き入ってくれた。子どもたちに絵本を読むことが楽しかった。

 そんな自己満足と自分勝手な自信が根底から覆される日がきた。

 初めて森先生の講座に参加させていただいた時のこと。森先生の静かな語り口調と読み方に驚いた。自分の読み方とは全然違う。先生の声が私を絵本のなかに誘い込む。先生の声を聞いて私のなかで絵が動き出す。なんで?という衝撃。私の読み方は、子どもたちが自由に想像する楽しみを奪ってしまっていた、自分の解釈を子どもたちに押し付けていた、ということに気づくのにそう時間はかからなかった。「すばらしい絵と言葉が詰まっている絵本は、生の声で、そのままやさしい声で読んでください。」森先生の言葉はどんどん私の心に沁み込んでいった。後日、迷うことなく、養成講座受講の申し込みをした。そして今がある。
 〈今〉を生きる子どもたちとその親たち。深いところの心に寄り添い、よりよく生きようとする心を励ます。そんな絵本講師でありたい。そして、本物が描かれている絵本、繰り返し読むに値する絵本にたくさん出合いたい。

 絵本を手にとって読む。声に出して読む。どんどん読む。読みたいと思う絵本を読む。今、自分が絵本を読むことが楽しい。
                   (ながお・なおこ)


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