こども歳時記

〜絵本フォーラム74号(2011年10.10)より〜

子どもの時間、空間、仲間を守れる大人でありたい

 元日の朝、それはいつの年もどんな天候の日も、どこかとりわけ新鮮な清らかな空気に包まれているのを感じ、私は必ず初詣に出掛ける。寒がりの私だが、冷たい空気のぴんと張り詰めた感じ、たまの冷え込みに雪や氷にお日様のきらめくのを子ども達と息をつめるようにして見つめる新鮮さ!やはり冬ならでは、と思う。

 ところで昨秋、私はこの素敵な絵本と出会った。まだ訪れたことのない北欧の冬、小さな小学校。そこへやってくる二人の小さな小さな子ども。『ペーテルとペトラ』(アストリッド・リンドグレーン文 クリスティーナ・ディーグマン絵 大塚勇三訳 岩波書店)だ。先生が二人の入学を認めると、子ども達と女の先生は体にあった机といすや洋服掛けを用意して、クラスの一員に迎える。なんてかわいいんだろう!小さな彼らを助けながら、好奇心も持ちながら、あくまで大切な友達として接するグンナルのやさしい表情がいい。二人が、夕暮れの公園のスケート場で踊るシーンのなんと美しく幻想的なこと!

 二人は小人だね。その晩「おやすみなさい」と電気を消してから、娘がいった。そうだね、と私。ねえ、小人って本当にいる?と尋ねる娘に、今度は息子(兄)の声がした。「お話だよ。お話なんだからそん中で本当なんだ。おやすみ」「ふうん。おやすみ」

 いつの間にか本の虫になってしまって、何でも数字や言葉でばかり、まるで知ってるつもり大王だわ、と思っていた。文字でより、むしろ触れて、経験して感じて知ってほしいと願う。でも、子どもの好奇心はどんどん世界を広げたがって、経験はその速さについていけない。おまけに『知っている』ことの価値が当人にとってはずいぶんと高い。子ども達までが、なんて忙しくたくさんの情報にさらされているのだろう。

 でも、なるほど。お話の中で、本当なんだね。くだらない嘘っぱちではない、素晴らしいファンタジーは、真実を語っているということを、子ども達はよくわかっている。見えないものを信じる力―松岡享子氏の「幼い日に、心からサンタクロースの存在を信じることは、その人の中に信じるという能力を養う。幼い心にふしぎの住む空間をたっぷりとってやりたい」という言葉を思い出す。素晴らしい絵本や物語のおかげで、この子の心にはいつの間にか『サンタクロースの部屋』ができようとしている。ありがたいと思う。

 リンドグレーンは、今の時代の多くの子どもたちに、もっと遊んでほしい、子ども時代によく遊んでおくと、自分の中に築かれた温かい世界は、困難に立ち向かう力になってくれる。何が起きようと、何をしようと、頼ることができる世界を持つことになる、と語っていたそうだ。

 新しい年に臨み、子ども達には年齢を問わずたっぷり遊んで、そしていくつものお話の世界を楽しんでほしい。どんな状況でも、自由自在に想像の翼をひろげて自分自身の世界を彩ることができるのだと知ってほしい。それがどんどん難しくなっていく世の中だから、私たちは、子どもの時間、空間、仲間を守ってやることを大事とする大人でありたい。

 「忙しい」という字は「心を亡くす」と書く。あわただしい時代だからこそ、大人もまた、決して現実から逃避するためではなく、現実の難題に勇気と誠意を持って挑むエネルギーを貯めるために、時に遊び、ファンタジーの世界に旅する時間を、心のゆとりを持っていたいと思う。

くまだき・かよ(絵本講師)


『ペーテルとペトラ』
(岩波書店)

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