たましいをゆさぶる子どもの本の世界

 
「絵本フォーラム」第64号・2009.05.10
●●53

つなひき勝利とおならの合奏、どちらが勝ったの ?

『さつまのおいも』

 サツマイモの人気が高い。サツマイモの花を知る人を別にしてサツマイモがヒルガオ科の植物であり、アサガオの仲間であることを知る人は少ないだろう。ぼくの故郷も鹿児島などとともに5本の指に入る産地でなんだかんだと薀蓄のひとつも傾けたくなる食材がサツマイモだ。

 それはともかく都市生活者の飲酒嗜好に九州産の焼酎が加わって四半世紀にもなるだろうか。蕎麦や麦などの匂いの軽いものから嗜みはじめた人々もしだいに癖のある嗜好に走り、今ではすっかり本格的な芋焼酎を定番とするようになった。主な芋焼酎産地である鹿児島・宮崎では、原料のサツマイモ不足におそわれているというから尋常でない人気ぶり。

 ぼくにとってサツマイモはカライモ ( 唐芋 ) として幼児からなじむ。昼食にふかし芋を代用食とするのが珍しくなかったし、干し芋はおやつとなった。なじんではいたが芋三昧の食生活に少々うんざりしていたように記憶する。そればかりか、子ども心はカライモを貧しさの表徴のようにも感じ取った。

 ただ、教師だった父が日曜畑作に精を出し芋畑によく連れて行ってくれたのは無限に楽しかった。わが家から 5 、6キロ離れた林の中の畑は学童の足にちょうど遠足に似た昂ぶりを与えた。もちろん、ぼくは芋づるを引っ張ったりはしたが手伝うということはなく、父が汗水たらして働くあいだ、もっぱら林の中をあれやこれやと探索するのを楽しみにした。

 いまや、サツマイモはスターである。焼酎だけでなく焼き芋は若い女性の好物にあがり、菓子や和食の多彩なメニューに名を連ねる。幼稚園や小学校でも芋ほり会は大事な学校行事となった。

 で、サツマイモのおはなしが絵本になった。タイトルは渡来地・鹿児島をイメージさせる「さつまのおいも」。この洒脱なウィットがその後の愉快な展開をのぞかせている。

 サツマイモだって生物だから、ちゃんと生きる。日常の暮らしは土の中で、ごはんも食べるし歯も磨き、おしっこだってうんちだってする。もちろんお風呂にも…。

 おいもの生活ぶりがすこぶるいい。やたらと楽しいのだ。

 「おいっち にー さん しー」と体をきたえて張り切るおいもたちは四肢を存分に伸ばして遊びまわる。夜にはみんな連なって夢見の宴だ。素朴で透きとおったお話の展開がリズミカルでぐんぐん読み手聞き手を絵の中に誘い込むではないか。

 こうして、おいもの子どもたちと人間の子どもたちが綱引き大会に臨むのである。

 「うんしょ とこしょ/うんしょ とこしょ/スッポーン わたしたちの まけで ごわす」

 勝どきをあげる人間の子どもたちは、「はっぱを あつめて たきびして/みんなで うれしい やきいもたいかい」と甘くてほくほくの焼き芋でおなかをいっぱいにするが、ところがどっこい。おいもの子どもたちがここで反撃にでる。

 人間の子どものお尻から…「プーッ」。つづくはつづく。あっちで「プーッ」、こっちで「プーッ」。おやおや、あちらこちらで、「プッ プッ プーッ」とおならの大合奏とあいなって、「くさーい くさーい」空間ができあがるではないか。

 「はっ はっ はっ わたしたちの かちで ごわす」とは、「さつまのおいも」の声…。で、人間とサツマイモの子どもたちのたたかいの物語は幕を閉じるのだが…。綱引き勝利とおならの合奏、はたしてどちらが勝ったのかしら ?

 中川ひろたか/村上康成という名コンビの快作は、音曲流れるような言葉の運びに、いっしょに四肢の動きを催促する愉快な絵運びを得て抱腹の面白さを描き出す。何度も読むとすっかり覚えこんでしまうテキストと画像は親と子の共有読書帖に記さなければならないだろう。

 かつて、飢饉食とも難事の代用食ともされたサツマイモが時代の寵児となって万人に愛される食材となったことに不思議な感懐を持つのは、ぼくだけだろうか。

『さつまのおいも』(なかがわひろたか・文/村上康成・絵/童心社 )

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