絵本のちから 過本の可能性
「絵本フォーラム」62号・2009.01.10

伊藤秀男先生スケッチ旅行同行記
松本 也寿子

 氷雨が宇治の街を濡らしていた、 12月5日。近鉄・大久保駅に伊藤秀男先生をお迎えに車を走らせました。お会いするまで、「どんな方だろう」と胸がドキドキしていました。まだ、私にも乙女心が微かに残っていたのです。改札を出てこられた伊藤先生は口髭を蓄えられたとても素敵な方。はじめあった不安は何処かへ消えました。一日ずっとご一緒できるのが嬉しくなってきました。

 最初の計画では、絵本『きつねやぶのまんけはん』(仮題)の作者・中川正文先生が取材先(大和路)を案内してくださる予定だったのですが、昨夜からの寒波襲来と先生がお風邪をお召しになっておられたため、急遽、同道願えなくなりました。そこで、先生に取材場所を教えていただくため、宇治のお宅にお伺いすることになりました。先生のお宅には、貴重な絵本や資料が数多く保存されていると聞いていましたが、まさにその通り。先生ご夫妻は絵本や書籍の山の中にいらっしゃいました。貴重な資料を拝見しながら先生のお話をお聴きしたかったのですが、ぐっと我慢しました。取材場所の説明をお聴きし、先生ご自身が詳しい目印を入れてくださった地図をお借りして先生のお宅を辞しました。

 先生のお勧めの場所は「奥明日香」です。

 明日香は、推古天皇の時代に都が置かれたところです。また昨冬、テレビドラマ「鹿男 あをによし」で全国的に有名になった所でもあります。人気の観光地で、道路、施設などよく整備されています。

 中川先生の最初のお勧めは、奈良県万葉博物館。ここで昼食を摂ります。食堂の大きな窓から冬枯れの明日香の風景が広がります。伊藤先生は食後のお茶を喫しながら、さっそくスケッチブックを取り出し、絵筆を執られます。

 その後は、中川先生ご自身の原風景が残っていると言われた「稲淵」、「栢森」、「細川」といった観光地化されていない奥明日香へと車を走らせました。

 私は運転手として同行させてもらったのですが、先生が車窓から景色をご覧になるため徐行運転をして、指定された場所に停車するのは思っていた以上に難しいことでした。静かな山里で、通行車両も少ないことに助けられ、時には交通ルールも忘れながら、何とか私の仕事ができたのではないかと思います。

 伊藤先生は車から降りられると、足取り軽くあっちこっちと見回られます。あるときは立ったまま、時にはイスに腰をかけてじっくりと霧雨の降る奥明日香をスケッチされていました。どんなところをどんな風に描かれておられるのか覗きたかったのですが、先生の邪魔をしてはいけないと思って、少しはなれたところから先生の視線の先を追いかけていました。この眼前の風景が絵本の絵になると、どんな風になるのかと考えると早く絵本が出来上がらないか、と待ち遠しくなってきました。秋の名残の紅葉と冬のピリッとした空気の中、夕暮れが迫り辺りが見えにくくなるまで熱心な取材が続きました。

 最後にとっておきの話題です。先生は絵本の中の重要な登場人物のイメージが森理事長と私を見て、「ぴったり」と言ってくださいました。そうです。二人は絵本に登場します。どれが私かは、絵本が出来上がってからのお楽しみ。

 出版されたら、すぐに購入して、そして私を見つけてください。

(まつもと・やすこ)


前へ  ★ 次へ