絵本・わたしの旅立ち
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絵本・わたしの旅立ち
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わが絵本の神話時代わたしは何を学んだか

 金沢で発足した福音館書店は小辞典文庫など、掌にのるようなユニークな小型の本を出版していたが、本格的に東京に出てきたのは、昭和 27年(1952年)のことでした。

 敗戦以来のアメリカ軍の占領、朝鮮戦争の終結、あのスターリンの死去、講和条約日米安保条約の調印など、政治的・文化的にもわが国が嘗つて経験したことのないような日々が展開されていた時代、福音館書店の創業時代が始まりました。

 そこでまず一歩をふみだしたのは「母の友」の創刊でありました。子どもたちのための文化活動は、単に子どもだけではなく、子どもへ仲介する母親が必ず必要であり、その母親が納得して子どもたちと共に愉しむことのできる文学、一頁千字たらずのお話、それを暦のように毎日連続する編集「一日一話」という言葉もなつかしい発足でした。

 こういう姿勢は、その後の世界的な児童向出版社に発展する基本的な目標であり、画期的なものであり、神話時代の中心となった松居直さんの編集者、経営者としての存在がいかに大きく、いかに子どもの文化との未来を正確に捉えていたか。その時代を最も近くにいて教えられたことが多かったか。いま半世紀を経て、自分の幸運をしみじみと感じているところです。

 「母の友」の刊行とともに引き続いて、これこそ松居さんの生涯の核心となる「こどものとも」が創刊されることになります。

 勿論、その時期には、早くから世間では幼稚園向の絵本が出版されていましたし、とりわけ戦後は驚くほどの多くの保育絵本が直販され激しくシノギをけずりつつ住みわけていたのです。

 昭和 31年(1956年)4月、創刊にあたって「こどものとも」は、次のようなネライを書いています。

 ★貧しい国の豊かな絵本——どんな貧しい家庭でも買えるほどの安い絵本であること(定価 30円)。

 ★新しい時代の絵本——人生に誠実と勇気とユーモアをもって生きぬく子どもを育てる絵本であること。

 ★人間性の真実にふれる絵本——断片的な絵を見せるのではなく、人生の真実や美しい夢を与え、豊かな芸術的情操を植えつける絵本であること。

 ★世界中の子どもに読まれる絵本——日本の作家・画家の作品が、決して外国のものにおとらぬスバラシイものであることを示すことができる絵本であること。

 その他更に重ねて抱負が語られていますが、次の「こどものとも」が従来の絵本と違う特色の部分は、最も具体的に意気込みがわかります。

1、一つの物語で一冊の絵本——物語性がないことは従来の絵本の最大欠陥で、断片的な印象しか幼児に与えていません。

2、ひとりの画家で一冊の絵本——種々な絵の寄せ集めにしかすぎぬ従来の絵本は、絵に対して雑然とした印象をしか与えないので、絵に対して理解の目が養われない。

3、「こどものとも」は幼児を雑然としたモノシリにするよりも、人間としての骨組みを作る絵本です。

4、他の保育観察絵本に「こどものとも」を併読することは、幼児にとって非常に親切な絵本の与え方です(「母の友」掲載社告より)。

 わたしは創刊されて 11冊目に『ねずみのおいしゃさま』(永井明/画)を発表させてもらっていますが、現在の『ねずみのおいしゃさま』はご承知のように1977年(昭和52年)山脇百合子さんによって新しい「こどものとも傑作集」シリーズの一冊として、いまも八十刷に及ぶ増刷がつづけられていますが、これはページ数など造本の経緯の結果なので、永井明さんの仕事ぶりにも、今も感動を忘れていません。山脇さんの画業も世界的にも絵本の一つの象徴といわれるほどの評価をうけていますが、わたしにとって始めての本格的な絵本でもありほんとうに幸運でした。改めてエッツの『もりのなか』に関連して別に詳しく書きたいと思っています。(この項つづく)


「絵本フォーラム」58号・2008.05.10


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