正直の強さ

 周囲から批判めいた言葉をかけられたり、些細な失敗をしたりしただけで、失意と不安と緊張で胸がいっぱいになり、何をどうしたら良いのか分からなくなってしまう子どもが増えてきました。すなわち、そのまま自分の殻に閉じこもってしまう子どもが少なくないのです。逆に、不機嫌になったりする子どももいるでしょう。さらには、逃げる、ごまかす、他人のせいにする、ダンマリを通す、泣いて助けを待つ、暴れる。状況次第では、リセットボタンを押すかのように、自ら命を絶つ子どもだっているかも知れません。

 大人が敷いたレールに乗っかり、大人が準備した“お膳立て”をこなし、ほめられ、励まされ、助けられ、何事も無難に渡り歩いてきた子ども達―。そんな彼らは、果たして自分に自信というものを持っているのでしょうか。勇気というものを持っているのでしょうか。むしろ、自分には本当の強さや力が身についていないことを自覚していて、レールから外れたらどうしようという不安な気持ちを、いつだって無意識のうちに抱いているのではないでしょうか。

 「あかいセミ 」( 福田岩緒/ ポプラ社 )は、実に不思議な絵本です。小学校で読み語りをしていると、低学年でも高学年でも、すぐに教室はシーンと静まり返ります。恐らく、絵本の冒頭から万引きの話が出てくるからでしょう。万引きというのは、子ども達なら誰でも身に覚えのある小さな欲望であり、彼らにとって興味深いテーマなのかも知れません。

 「けしゴムをかえしたい。かえしたくてもかえせない。こわくて、はずかしくて、かえせない」―。そう心の中で叫ぶ主人公は、万引きした消しゴムのことを誰にも相談できず、一人で苦しみ続けます。そして、周囲に当り散らしてしまう不安感。楽しい場面でも不機嫌になっていく孤独感。夢にまで出てくる罪悪感。さらには、自分自身に対する嫌悪感。

 そんな主人公の心の葛藤を、教室の子ども達は、我が身に置き換えて聞いているのでしょう。実際、読み語りのあいだ中、どの子もずっと神妙な顔つきをしています。しかも、絵本から決して目をそらしたりしないのです。

 最後に主人公は、母親へ正直に告白します。しかし、母親は怒りません。主人公をぎゅっと抱きしめ、「もどしにいって、ちゃんとあやまろうね」と解決法を教えます。もちろん、正直に謝りに来た親子を、店のおばちゃんも怒りません。指切りをして許すのです。

 人生にトラブルは付き物です。トラブルに出合ったら、一人で悩まず、智恵と力のある者へ正直に打ち明ける勇気こそ、事態解決に繋がる早くて確実な道でしょう。そういう正直で勇気ある者を、非難する人などいません。それどころか、その非を水に流し、トラブル解決のために智恵と力を出してくれるはずです。もちろん、自分にも非があるのなら、正直に謝り、きちんと反省しなければなりません。その上で、解決のために誠実かつ懸命に対応すれば、どんなトラブルだって必ず解決するのです。

 そういうことを子どもにきちんと教えてあげることこそ、大人のあるべき姿でしょう。絵本に出てくる母親や店のおばちゃんは、まさにそういう人でした。

 正直は強いということを―、恐くもないし、恥ずかしくもないということを―、むしろ事態解決に繋がる唯一の方法であり、それは価値ある勇気であるということを―、日常の小さなトラブルを通して、親や教師は子ども達に実感させてあげるべきです。少なくとも、いじめを苦に 自ら命を絶つような子どもにし ないために―。

 
「絵本フォーラム」52号・2007.05.10

鈴木一作氏のリレーエッセイ(絵本フォーラム27号より)一日半歩

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