リレー

父親三景
(山口・NPO法人「絵本で子育て」センター絵本講師・天野 美佐子)



 最近印象に残った、お父さんのお話です。

 夕飯の買い出しに行った馴染みのスーパーで、5歳くらいの男の子の姿が、私の目に止まった。子ども特有の無邪気な様子もなく、あきらかに何か満たされない鬱積したものをかかえているような様子が、気になったのだ。すると突然その男の子は、商品を弄んでいた指を、パック詰めの中に突っ込んだ。注意しなくてはと思う間もなく、父親らしい男性が飛んで来て「お前何しとる!」その瞬間、子どもの顔面に平手打ちが飛んだ。倒れそうになった体を、その子は柱につかまり支えた。泣くこともなく唇をかんでうつむくその表情は、今も私の脳裏から離れることはない。

 私の講座に、初めてお父さんの参加があったときのこと。私は講座の中で何冊かの絵本を、お子さんと保護者の方に読むことにしている。子どもの頃に戻って聞いてくださいという言葉に、どなたもとてもいい顔で聞いてくださる。『ぼくにげちゃうよ』を読み終えた後、そのお父さんに視線を向けると「このところで涙が出そうになりました」と、目を潤ませながら感想を言ってくださった。情感豊かに読み取っていただいたことに感激すると同時に、幼いころに思いを馳せて感情移入していらっしゃったこと、すばらしいと思った。ご両親の愛に育まれて成長していく、お子さんの幸せを思った瞬間だ。

 もうひとりのお父さんの奮闘ぶりをご紹介する。忙しい仕事にもかかわらず、娘の夜の寝かしつけを引き受けているというその方は、どう頑張っても帰宅はいつも夜9時以降。子どもの夜更かしも気になるが、待っている娘の気持ちを大事にしたいから頑張る。待っている理由のひとつは、大好きなお父さんの語る前夜のお話の続き。ストーリーは全て彼のオリジナルで、天衣無縫な話が限りなく続くのだ。

父親の姿様々ですが、温かい思い出をどの子にも残してあげたいものですね。

絵本フォーラム50号(2007年01.10)より

前へ次へ