遠い世界への窓

東京大学教養学部非常勤講師
絵本翻訳者

 

新連載

遠い世界への窓

第4回の絵本

『アフガニスタンの少女 マジャミン』

マジャミン
長島洋海/写真・文
新日本出版社

 この本との出会いは、我が家の近所の市立図書館でした。市のはずれの分館で、児童書ルームの一角に、とくに目立つわけでもないこの本が、ひっそりとおさめられています。私には毎回お目当ての本があって、マジャミンのことなんて考えもしないのに、なぜか行くたびに手に取ってしまう。そうやって、いつも眺めているのに、ちっとも飽きない。

  マジャミンは、この本の表紙で、はにかんだ笑顔を見せている4年生の女の子の名まえです。アフガニスタンの首都カブールから車で三時間ほどの山あいの村に、彼女は住んでいます。アフガニスタンなんていうと、あまりに遠すぎて、何が何やら想像もつかないと思うかもしれないけれど、中東や西アジアの中では、いちばん日本に近い国かもしれません。緑濃い山々と深い谷――日本人にとっての原風景のような自然豊かな大地に、どこかで見たような、昔懐かしい気持ちさえする笑顔の子どもたちが住んでいます。

 可愛らしい刺繍のついた青いカーディガンを着たマジャミン。点々と雪が残る畑や、雪解け水の流れる川。戦争(旧ソ連軍の侵攻)で足を痛めたお父さん。朝早くから山へ羊の放牧に出かけるお兄ちゃんやお姉ちゃんたち。水汲み用の大きなポリタンクと、放牧の途中で生まれた羊の赤ちゃん。お母さんが作ってくれる焼きたてのナンをほおばると、子どもたちは、コンテナやテントの教室もある「山の学校」へ向かいます。

 たったこれだけのストーリーが宝物みたいに感じられるのは、はじける笑顔や、山の生命力を鮮やかに切り取って伝えてくれる写真の威力があってこそ。川の水音が写真の中から聞こえてくる。山のひんやりした朝の空気を感じる。走っていく子どもたちの歓声が響いてくる。

 マジャミンが通う「山の学校」――標高二七八0m、小中学校併設で生徒一五0人(当時)――支援の会の報告会が、先日、東京都内の三鷹で開かれ、はじめて参加してきました。同支援の会は、長年アフガニスタンやエルサルバドルなど、紛争地や難民キャンプを撮り続けてきたフォト・ジャーナリストの長倉洋海さんが中心となって立ち上げられた会です。「紛争地」、「学校」、「支援」なんていう言葉が並ぶと、大仰で近寄りがたい感じがしますが、報告会は、遠く離れた親戚の子どもたちの写真をワイワイ眺めるかのような、アットホームな(でも200人近い!)集まりでした。

  同支援の会は、マジャミンたちの学校が、立ち行かなくなってしまうことがないように、政府給与が少ないせいで先生たちが転職してしまわないように、通学用リュックや学用品がないことで子どもたちが学校をやめてしまわないように、日本で集めたお金や現地で調達した物資を十数年にわたって届けてきたそうです。そして、アフガニスタンでは珍しいという男女共学のこの学校は、村の人たちが自分たちで決めて自分たちでつくったものでした。

 筆箱代わりのペットボトルにえんぴつを入れて山道を走ると芯がポキポキ折れてしまうので、筆箱も届けるようになったこと。それらの学用品やリュックを当初は日本から送っていたけれど、アフガニスタンで買うことで現地にお金が落ちるようにしていること。今では机とイスが揃った窓のついた教室で勉強できていること。「山の学校」で学び終えた子どもたちが、続々と国立大学に合格していること。そんな『アフガニスタンの少女 マジャミン』の後日談を聞きました。

 長きにわたった戦争の傷跡が見え隠れしながら、でも、これからはきっと良くなっていく――そんなマジャミンと村の人たちの気持ちが、この本の一枚一枚の写真に詰まっていて、まぶしくなります。

(まえだ・きみえ)



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