えほん育児日記
〜絵本フォーラム第113号(2017年07.10)より〜

「絵本でコミュニケーション」

 

後藤 純子(絵本講師)

 

絵本講師 後藤 純子 私が「絵本講師・養成講座」を受講したのは、聴覚に障害のある親子と係るようになったからでした。私の仕事は、聴覚に障害のある子とそのお母さんたちに、補聴器をつけて音を聞くことや親子でコミュニケーションをすること、そのなかでことばを使うことを指導すること、わが子が「聞こえない」ことでつらい思いをするお母さんたちを支えることです。

 講座を受講する前も、絵本の読み聞かせは、親子でコミュニケーションをするための手段であり、子どもたちが豊かなことばと心を育てるために必要なことだと思って続けていました。子どもたちに絵本を読み聞かせたり、家庭でお母さんに読むように勧めたり、絵本について書かれた本を読んだり、いろいろな絵本を集めたりもしていましたが、職場で子どもたちの反応を見たり、先輩からアドバイスを聞いたりするたびに、自分のなかに絵本についての考え方、「芯」となるようなものがほしくなって、受講しました。

                         *   *   *

  さて、1年間の学びで自信をもって読み聞かせをするようになったかといえばそんなことはなく、相変わらずの試行錯誤を続けてきました。そのなかで少しずつ絵本の読み聞かせについて考え方が変わってきたということもあります。

  聴覚に障害のある子どもといっても、聞こえにくさは様々です。音をほとんど感じない子。お母さんの声は聞こえていても話しかけてくれる内容は聞きとれない子(呼びかけると振り返りますが、お母さんの言っていることは分かりません)。静かなところでならお話しできても、大勢の中で聞きたい声を聞きとることは難しい子。それぞれ違う困難を抱えています。

  聞こえにくい子どもたちは、読み手の口元を見てことばを読み取っています。読み手は絵本と自分の口元が一目で見えるように絵本をもつ位置を工夫したり、ことばに合わせて絵を指さしたり、手話を使ったり、普通の読み聞かせとは少し違いがあります。お母さんがわが子に読み聞かせるときも、おひざの上では声が届かないこともあります。そんな時は、テーブルの上に置いて読むことや、書見台のようなものを用意することをお母さんと相談しました。

 大切なのは、絵本を読みながらも親子で目が合い、心が通じることです。おひざの上で声が届けば、おひざの上で読んでもらうこともあります。

                         *   *   *

 これまで、何人ものお母さんと絵本の読み聞かせについて一緒に考えてきました。絵本の好きなお母さんは、おうちにある絵本をたくさん読み聞かせました。子どもも好きな絵本ができて、「めっきら もっきら どおん どん」と口ずさむこともありました。そんな楽しいそうな親子を見て、「読んであげたいけどうちの子は絵本を見ない」と悩むお母さんもいます。そのような時は、子どもの興味や発達を考慮して、「この絵本をよんでみたら」とおすすめします。その親子が絵本に見入っている様子を見て、私もとても幸せな気持ちを味わったこともありました。一方で、図書館で十冊ずつ借りては次々と読み聞かせるお母さん、そうかと思えば車の図鑑しか見ない子に、どんな絵本を読むか悩むお母さん。

                         *   *   *

  学校で「ベテラン」と呼ばれるようになったから、絵本講師になったからといって物事がうまくいくはずもない。今までもこれからもずっと試行錯誤で絵本のこと、子どものことを学び続けなければいけないと思っていた矢先、今度は中学生を担当することになりました。中学生には中学生として学んでほしいことがたくさんあります。自分自身を大切にすること。自分の周囲や広い社会のことを理解する方法。今度は私と彼らとの間に絵本をおいて、コミュニケーションしながら一緒に学んでいきたいと思っています。
(ごとう・じゅんこ)

前へ ★ 次へ