えほん育児日記
〜絵本フォーラム第110号(2017年03.10)より〜

「立ち止まる時間を・・・」

 

田中 潤(絵本講師)

 

立ち止まる時間を・・・田中潤 我が家の読み聞かせは、私が「絵本講師・養成講座」で学び始めた頃からですが、始めた理由は、自分が仕事に復帰するためでした。職場が遠いため通勤にも時間がかかり、当時2歳の息子と一緒に過ごせるわずかな時間に親として何ができるかと考え、絵本を読もうと思い至ったのです。

 でも、1日仕事をして帰ってくると夜は短く、子どもをお風呂に入れたり体に薬を塗ってあげたり、保育園の準備や後片付け、家事育児を助けてもらっている実母の話にも対応していると時間はどんどん過ぎていきます。絵本を読むにしても早く寝かせなければならないので焦るし、時間だけでなく体力的にもつらくなり、私はやりたいこともやるべきことも、次々に手放していきました。でも、後から振り返ってみると、そのとき手放したものの多くは、本当は大して必要のないものだったのだと思います。そして、読み聞かせを続けてきたのは、ただもう「幸せな時間だったから」の一言に尽きるのです。

 仕事をしながらの子育てというのは、ただでさえ時間が足りません。休むこともせず、つい走り続けてしまいがちです。でも、その時間のない中で、やらねばならぬ、こうすべきだと思うことを一旦脇に置いてでも、あえて立ち止まり、子どもと絵本を読むことの大切さを強く感じています。

  絵本を読んでいると気づきます。子どもは毎日少しずつ成長していること、成長している自分を大好きな親に見ていてもらいたいと願っていることに。流れては消えていく時間の中、絵本の時間があったからこそ、息子の日々の姿を大切に見守り、愛おしく思ってこられたのだと思います。また、「ママ、絵本読んで」の声に、人の役に立てる喜びを、息子の笑顔と笑い声に、人と心を通わせ合うことの尊さを教えられました。それは人間の根幹にある感情であり、誰もが持って生まれたものなのに、沢山の物を身につけて大人になったはずの自分は、いつしか忘れてきたもののようにも思うのです。

 また、毎晩絵本を声に出して読み、言葉や絵を味わいながら共に感じる時間を重ねてきたことで、それまで自分には見えていなかったものが、少しずつ見えるようになってきた気がします。人間のこと、社会のこと、動植物のこと、地球や宇宙のこと。絵本に導かれながら子どもと一緒にどこまでも思いを馳せていくうちに、興味は広がり、思いは深まり、自分の生きるこの世界のことを、もっとよく知りたいと願うようになりました。もちろん、大人としてそれなりの事はわかっているつもりでしたが、本当に、それなりにでした。絵本では、ひとつひとつのものに丁寧に出会うことができます。子どもにもわかる言葉で、世の中のあらゆるものについて、未来への希望とともに語りかけてきてくれます。親子で絵本を楽しんでいるうちに、心の世界もゆっくりと広がってきたのだと思います。

 絵本を読むのは子どものためですが、それだけではないのです。親自身、大切なことに気づくのです。忙しい時に手を止めることの難しさもよく知っています。それでも、忙しければ尚のこと、立ち止まり、感じる時間を持つことで、自分が見失っているものを自らの感覚の目覚めとともに思い知るのです。優しさとは何か、強さとは何か、守るべきものは何か。静かな時間の中で、自分自身の心で感じて、想像してという体験を積み重ねることで、心はより深く豊かに育っていくでしょう。その上で自分は世界をどう見るか、どう感じ、どう生きていくかと考える。それは大人も子どもも同じだと思います。子どもに伝えたいこと、感じてほしいことは、全ての人にとって大切なものなのです。 
(たなか じゅん)

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