こども歳時記

〜絵本フォーラム103号(2015年11.10)より〜

秋の夜長に……

 甘い香りが漂っています。今年もこの場所に金木犀の樹があったことをちゃんと知らせてくれます。見上げる空がいつの間にか青く高くなっていて、思わず深呼吸をしています。

 この季節になると、ふっと口ずさみたくなる歌があります。「秋の子」(サトウ・ハチロー/作詞、末広恭雄/作曲)です。私の記憶に浮かぶのはいつも、台所で歌をうたいながら夕ご飯の支度をする母の後ろ姿です。

  子どもの頃に何度も周りの大人達から聞かされた幼い日の私の様子や、近所の友達と遊んだ思い出、家族で旅行に行った時の場面などとともに、何気なく聞いていたたくさんの歌もまた、私にとっては絵本であったように思います。家の中で一人で口ずさんでいる以外にはほとんど聞いた記憶のない母の歌ですが、田舎の伯母が泊りに来たりすると、二人で一緒に冗談ぽくうたってそれは楽しそうなのです。そういえば私も、お風呂の中で妹と二人で二重唱を試みたっけ……。

 思い出の中のそんな歌の多くは、季節ごとにうたう歌。「もみじ」「まっかだな」「赤とんぼ」など、妹や友達や母と一緒に声に出してうたったものです。「秋の子」の詞の「ご飯になるまでおもりする/おんぶをする子は何人だろな」という情景は、私の子どもの頃でも既に自分たちの知らない昔のことでした。それでもどこか懐かしく、焼き栗のにおい、お風呂を炊く煙の臭い、ススキを渡る夕方の涼しい風、そんな中にいるような気持ちがするのは、小学生だった頃も今も同じです。日本の情景を描き出す日本語の、豊かな詩のことばの世界を感じます。

 『いい家庭にはものがたりが生まれる』(落合美知子/著、エイデル出版)という書籍があります。「ものがたり」とは、特別なことではなく、日々の家庭の中に語りがあること、その安心感、楽しさ、確かに同じ毎日を共有している人がいる心強さ、そんなものではないかと私は思うのです。その家庭ごとに、幼い子どもとお風呂で温もる間のわらべうたや手遊びであったり、お話や歌であったり、そして絵本であったりするのだと思います。

 人には、必ずその人がまとっている空気があります。その空気は、その人が今どんな心もちで生きているか、その色であり温度であり何かしらの感じなのだと思います。そしてどんな人も、いっしょにいる人を幸せにも前向きにも、ときには不快な思いにさせてしまうこともできるのだと思うのです。

 そういったことも含めて、子ども達と共に生きて育ちあいたいと思います。その中で引き継がれていくものこそが、それぞれの家庭の「ものがたり」なのではないでしょうか。我が家でもささやかに、でもちょっと丁寧に伝えていきたい、と子ども達の寝顔を見やりながら考える秋の夜長です。(くまだき・かよ)


熊懐 賀代(絵本講師)絵本講師 熊懐 賀代

歳時記103-2

「いい家庭にはものがたりが生まれる」
落合美知子/著
(エイデル出版)

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