安逹 光生(絵本講師)
今年の春、末娘が横浜の大学への入学を機に学生会館に入りました。50歳を前にして、夫との二人の生活が始まりました。二人の生活が始まってから、話題の多くを占めるのが、三人の子育ての思い出です。夫と私で子育ての話をすると、楽しかったこと、驚いたこと、大笑いしたことばかりを思い出し、失敗したこと、後悔していることなどは全然思い出せないのです。子育ては、過ぎてしまえば良かったことしか記憶に残らないのでは、と今は思います。子どもも親も成長する。25年あまりの子育てを終えて思うことです。
夫は私に、子ども三人を育てる中で「自分の伝えたいことはすべて伝えた。子どもたちにも伝わったと思う。楽しい子育てをさせてもらった」と満足そうに笑みをうかべました。私も同感です。
三人それぞれが自立(金銭的にではない)できたことで、我が家の子育てもほぼ終了。これからは親として、それぞれの子どもたちが家庭を持つとき、初めての子育てをするときのサポートが出来たらと思います。
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子どもに伝えるべきことの一つに「自立」があります。自分で考え、行動し、結果の責任をとる。これが私たち夫婦の考える「自立」です。しかしこのことを、三人の子どもに話したことはありません。多くの絵本を読むうちに、少しずつ自然に子どもたちは学んでいきました。
絵本の主人公は、自分の考えを持っています。行動を起こさないと物事が進まないことも知っています。良い結果でも、悪い結果でも受け入れ成長していきます。
子どもたちが幼いころは、主人公になりきって体感します。思春期に入ると、同じ絵本をスクリーンのように見て、第三者的な見方、考え方をします。そして「この絵本どう思う?」「私はこう思う」と、意見を話してくれます。多くの絵本を読み、その中で出会ったお気に入りは何回も繰り返し、年月を越えて読み続け、その子の「核」になっているような気がします。
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良い絵本、子どものお気に入りの絵本は、次の世代に受け継がれていくと思うのです。
長男が二歳の誕生日を迎える頃、息子が小さいころ読んであげた絵本だと義母から数冊の絵本をプレゼントされました。「長男にも読んであげて」と渡されました。それが絵本で子育てするきっかけだったかもしれません。その絵本は、『どろんこハリー』『ひとまねこざる』『ぞうのババール』でした。夫に聞いたら『ぞうのババール』は覚えているけど、後の2冊は覚えていないとのことでした。それでも三人の子育てのときは、この3冊はよく夫が子どもたちに読んでいました。その情景をみると、祖父母から夫へ、夫から子どもへと、絵本を通して共通の時間が流れているように感じました。とても幸せな、平和な時間です。
代々読み継がれていく絵本は、世代を超えて分かり合える力があります。絵本を購入して次の世代に渡していく、そこに時空を超えて感じる心地よさや安らぎがあるのではないでしょうか。絵本を読んでもらっている時の情景を思い出すと、子どもにも大人にも、幸せな時間が流れています。まして世代を超えて絵本が手渡されることは、その幸せな時間も手渡された、ということではないでしょうか。
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今、学校が荒れています。日本社会が混乱しています。世界情勢が緊迫しています。大人たちの不安の中に子どもたちがいます。安全が確保される空間、安心できる時間、そして寄り添ってくれる仲間(大人)が必要です。
この義母から手渡された絵本は、私の子どもたち、次の世代へと、大切に手渡していきたいと思います。三人の子どもたちがそれぞれ親になり、自分の子どもに絵本を読んでいる姿を想像するだけで、私は幸せになります。
この幸せな時間が世代を超えて続くよう願っています。
(あだち・みつお) |